第14話 お肌に悪い

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」


 リクテン王国王都リクトリア。城の執務室にリクテン王国国王ザルバ四世の姿があった。


 彼は執務机に腰を下ろしたまま、もうかれこれ一時間近くとある人物を待っていた。


 そして執務机の前には腕を組んだままじっと立つ魔性の美女。


 シルクである。彼女もまた一時間近くここに立ちとある人物の帰還を待っていた。


 いつもならば国王相手に一切臆することなく憎まれ口の一つでも口にする彼女だが、今日の彼女にはその余裕はない。


 ただその場に立ったままイライラするように貧乏揺すりをするだけだ。


「来ぬな……」


 ザルバ四世がぽつりと呟く。


 そんな国王の言葉にシルクは苛立つように眉をピクピクと動かしてから「もうしばらくお待ちくださいませ」とかろうじて笑みを見せる。


 が、内心穏やかではなかった。


 帰ってこないのだ。もう予定の時刻を一時間近く過ぎているのに帰ってくる気配がない。


 二人が待つ人物、それは逃走したウィレム王子である。


 今頃、連れ戻したこの王子を人質に国王から多額の報酬を受け取るつもりだった。


 その足で彼女は、王国の北端にある錬金術師の元に向かい、彼の作ったアンチエイジングポーションを受け取るつもりでいるのだ。


 貴族御用達でなかなか予約の取れないその男を札束で叩いて強引に予約をねじ込んだシルクにとって、この遅刻は致命的である。


 が、ウィレム王子も彼を捕まえに行ったミユも戻ってくる気配がない。


――あの異臭大好き変態小娘め……会ったらただじゃ済まさないわ……。


 人生の全てを美に捧げているシルクにとって、その美を邪魔する人物は誰であっても許すことができない。


――イライラする……あーやだ……イライラのせいで皺が増えちゃいそう……。


 元々シルクはミユのことをあまり良く思っていなかった。


 アジトではいつも妙な異臭騒ぎを起こすし、なんというか彼女はシルクのことを舐めている節がある。


 それでもこれまではなんだかんだで言われたことは全てこなしてきた。シルクのことを舐め腐ってはいたものの、やるべきことはやってきた。


 だから今回の仕事も任せたのだ。


 別に難しい任務をさせたわけではない。


 ただの世間知らずの青年を一人連れて帰ってこいと伝えただけだ。相手はほぼ丸腰だし護衛も付けていない。


 客観的に見てミユが手こずるような相手ではないのだ。


 居場所さえわかれば素人にだってできるような簡単な仕事。


 それなのにミユは今だ帰ってこないどころか、連絡すら寄越す気配もなかった。


「おいシルク……なぜウィレムは戻ってこないのだ?」


 痺れを切らせたザルバがミユに詰問する。


 そんなザルバの言葉にシルクは鋭い眼光をザルバに向ける。


「そんなの私だってわかんないわよっ!! あんたも国王なんだからもっとドシッと構えていなさいよっ!!」


 思わずそんな言葉が出てしまった。


 まさか他人からそんな口のきき方をされると思っていなかったザルバは「え?」と目を丸くする。


 シルクの話し相手はリクテン王国国王ザルバ四世である。


 そして、そのことをシルクも思い出す。


「え? あ、あらやだ……おほほっ!! おかしいですわね。そろそろ帰ってきてもおかしくないのですが……」


 慌てて取り繕うシルクを見てザルバはさっきの発言を聞かなかったことにした。


「で、どうするつもりだ?」


 幸いなことにウィレムの逃走は王国民には知られていないと報告が入っている。


 だから、国王としては無理に今日連れ戻してもらう必要はない。が、このままずるずるとウィレム捜索に手こずるようだと面倒である。


 だからこそザルバはルシタファに仕事を依頼したのだ。


 一日でも早くウィレムを連れ戻して貰わなければ困る。


 そしてシルクもまたそのことを認識していた。ミユの失態はルシタファの看板に大きな傷を付けた。


 シルクとしてははらわたの煮えくり返るような思いだし、ミユを捕まえたら若い彼女の顔を切り裂いて傷物にしてやりたいぐらいだ。


 が、それ以前に一日でも早くあの王子を連れ戻して汚名を返上するのが先決だ。


 なにせリクテン王国はルシタファ最大の取引先である。


 シルクの美貌を維持するためにはこれからもたくさんのお金がいる。


「とりあえず他の者たちをすぐに派遣いたしますわ。次は必ず王子にご帰還いただきますので、もうしばらくお待ちいただければ」

「サルも木から落ちる。ルシタファには全幅の信頼を寄せているゆえ次は必ずや成功させろ」

「その準備はすでに済ませておりますわ」


 そう言ってシルクは舌打ちをする。


 すると、どこから現れたのか、彼女の両サイドに二人の美少女が姿を現した。


「彼女たちが至急ウィレム王子を連れ戻します」


 国王から見てシルクの右に立つ美少女。


 彼女が一目で獣族の女であることがザルバにはわかった。


 その特徴的な猫のような耳と、スカートの下から顔を覗かせる尻尾。


 どうやらルシタファの人間はみな肝が据わっているようで、国王を目の前にしているというのに畏敬の念など微塵も感じさせないように、かったるそうに突っ立っている。


 そしてシルクの左に立つ美少女。


 ブロンドの髪を持つ彼女は、その髪を後ろで二つに分けたお下げにしており、膝上だけのスカートに上半身にはやたらとサイズの大きい薄ピンク色のセーターを身につけている。


 彼女もまた例に漏れずかったるそうに腰に手を当てて立っている。


 彼女たちがルシタファじゃなければ即刻打ち首にしているところだが、国王にはそうできない事情がある。


 少なくともウィレムを連れ戻すまでは、彼女たちのその不敬な態度を咎めることはできそうにない。


「せんぱ~い、このおっさん誰っすか?」


 と、そこでブロンド髪のセーターの少女が一瞬ザルバに視線を送ってシルクを見やる。


 そのあまりにも不敬な態度にシルクは肝を冷やすものの、ザルバを見やると眉をピクピクさせて怒りを露わにするもののすんでのところで堪えているようだった。


「しょ、少々不躾なところはございますが実力は折り紙付きにございます。必ずや任務は完遂いたしますので、どうかご容赦いただければ……」

「う、うむ……少々不躾な者ではあるが、任務を完遂すれば文句はない」


 とりあえず彼女たちにこれ以上、国王に無礼な真似をさせるのは面倒だ。


 そう判断したシルクは「じゃあ早速向かってちょうだい」と彼女たちに指示を出す。


 すると二人は「は~い」「は~いにゃ」と生返事を返すと、その場から消えた。


「それでは私もこれで」


 そう国王に一礼をすると彼女は執務室のドアを開いて王の前を後にした……のだが。


 執務室を出た瞬間に見知ったメイドの顔が見えた。


「あら……ルルじゃない……まだクビになっていなかったのね?」


 幼なじみのメイドにフラストレーションをぶつけるように嫌みを口にしてやる。


 が、そんなシルクの挑発にルルは表情一つ変えない。


 相変わらずのポーカーフェイスでルルはしばらくシルクを見つめてから。


「前回お会いしたときよりも少しお老けになられました?」


 と返していくるものだからシルクの怒りは沸点に達する。


「あんたよりは若いわよっ!! ホントむかつくわねっ!! あんたらが私のストレスを溜めるものだからお肌がボロボロよっ!!」


 そう捨て台詞を残すとシルクは床を踏みならしながらルルの前を立ち去った。


 そんなシルクの後ろ姿をルルは相変わらずの無表情で見送った。

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