第13話 あっさり
ということで渋々彼女から出された条件を飲まされることになった。
なんでも一日一回彼女がそういう気持ちになったときに嗅ぎにくるらしい。
いや、怖すぎだろ……。
が、まあこれで依頼を受けることは可能になった。
人として大切な何かを失った気はするけれど、俺の命が懸かっているのだ。背に腹は代えられない。
それから俺たちはギルドでしばらく依頼を吟味してから、Bランクの糸吹きアナコンダの討伐を受けることにした。
正直なところ蛇は苦手だ。
しかも糸吹きとかいう不穏な枕詞まで入っているし……。
が、Bランクで受けられる依頼の中ではもっとも報酬は高かったし「お兄ちゃんなら、絶対できるよっ!!」というミユの根拠不明の後押しもあったので受けることにした。
ということで、依頼を受けることをギルドのおねえさんに告げると、おねえさんからランバダイの地図を貰ってギルドを出る。
「で、お前は糸吹きアナコンダがどんな生き物なのか知ってるのか?」
高収入に惹かれて依頼を受けた俺たちだったが、そもそも俺は糸吹きアナコンダの生息地もわからなければ、どれぐらい強くて、どれぐらいの大きさなのかも知らない。
とりあえず山の中にいるという最低限の情報を、受付のおねえさんから聞いた俺たちは、とりあえずビールのノリでとりあえず山の中に入った。
我ながらノープラン過ぎる自分の行動を恥じながらそう尋ねるとミユは首を横に振る。
「知らない」
「ですよね……。なんか雰囲気で山に来たけれど、さすがに情報なしで糸吹きアナコンダを仕留めるのはなかなかにキツいんじゃないか?」
「それなら心配いらないよ」
そう言ってミユはポッケから何やらスルメイカの干物のような物を取り出した。
「なにそれ」
「糸吹きアナコンダの干物だよ。さっき干物店のおじさんに聞いたらかなりの珍味で滅多に手に入らないんだって」
「買ったのか?」
ミユは首を横に振る。
「おじさんのことくんくんしてたらくれたよ」
「変態のおじさんで良かったな……」
「良かったね」
ということらしい。
ミユから干物を受け取ると、それは鱗の一枚だった。
サイズは俺の手のひらよりも大きい。
その鱗は蛇のもの……というよりはゲームなんかで見たドラゴンの物に近いように思えた。
それにしても鱗一枚でこのサイズってことは本体はかなりデカそうだぞ……。
このドデカい蛇を捕まえてもBランクってことはAやSランクの依頼はとんでもない高難易度なんだろうな……。
今更ながら冒険者という職業の大変さを理解していると、ふとミユが「あっちにいるよ」と呟いてどこかを指さす。
「は?」
「糸吹きアナコンダだよ。きっと向こうにいると思う……」
「いや、なんでわかるんだよ……」
一応は俺も魔法波の反応を確認しながら歩いているが、今のところそれらしき魔法波は感じられなかった。
なんでも糸吹きアナコンダは魔法性(魔法を使用して行動するタイプ)ではないらしく、魔力もあまりないそうだ。
そうなると魔法波の動きでアナコンダを見つけるのは難しい。
が、彼女は違うようだ。
「匂いがするの……」
「アナコンダの匂いがわかるのか?」
ミユはコクリと頷いて干物を指さした。
「なるほど……」
どうやらミユの嗅覚は本物のようだ。この干物の匂いからアナコンダの場所がおおよそ理解できるらしい。
「じゃあさっそくそっちに向かおうか」
と、ミユの指さす方向へと歩き出そうとしたが、そんな俺の腕をミユが掴む。
「その前にこの首輪を離してよ」
「はあ? だってそんなことしたらお前逃げるだろ?」
「逃げないよ。私はもうルシタファに戻るつもりはないし。それにさすがに魔法が使えなきゃ糸吹きアナコンダなんて倒せないよ?」
「ま、まあそれもそうか……」
ということで俺は彼女の首輪を外してやることにした。
まあこいつの魔法波の動きはわかるし、下手な真似をしてもすぐに止められるしな……。
ということで首輪をリュックに入れると、改めて山道を進んでいく。
それから俺たちは三〇分ほど山道を歩くことになった。
ミユがあっちとはっきりと指を指すものだから、てっきり近くにいるものだと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
ってか、どれだけ鼻が効くんだよ……。
警察犬も真っ青なミユの嗅覚にドン引きしながらも山道……から外れた鬱蒼と茂る木々の間を進んでいるとまたミユが俺の手を掴んだ。
「今度はなんだ?」
「しーっ!!」
そんな俺にミユは人差し指を唇に当てる。
俺を静かにさせると、全貌を指さした。
ということで足音を抑えながらゆっくりと木々をかき分けていくと、眼下に渓谷が広がっているのが見えた……のだが。
「な、なんじゃこりゃ……」
なんというか渓谷には無数の吊り橋が架かっていた。
が、その吊り橋は決して人間の手でかけられた物ではないことはすぐにわかる。
渓谷の崖と崖を繋ぐように無数に伸びる白糸には、人間が歩けるような足場のような物は見当たらず、まるで蜘蛛の巣のようだ。
「もしかしてこれって……」
「白い糸からアナコンダと同じ匂いがします……」
「なるほど……」
どうやらこの蜘蛛の巣はアナコンダが架けた物らしい。
この糸を張っていろんな場所に自在に移動ができるのだろうか?
なんて考えていると「あぶないっ!!」と、唐突にミユの叫び声が聞こえた。
「ん? あ、ああっ!!」
気がつくと渓谷からこちらを目がけて一直線に飛んでくる糸の存在に気がついた。
が、俺の目の前までやってきた糸は俺……ではなく俺の前に立つ大鎌を持つミユに直撃し、彼女の体にまとわりつく。
「や、やだ……なにこれ……ベトベトする……」
と、体にまとわりつく糸に悶える彼女。
「お、おいっ!! 大丈夫かっ!?」
「大丈夫です……きゃっ!!」
そこでミユの体が宙を舞った。凄まじい勢いで彼女の体にまとわりついた糸は渓谷の方へと引っ張られていく。
糸の出所へと視線を向けると洞穴から顔を覗かせる蛇……というよりは龍のような顔を持つ生命体が見えた。
このままだとミユが食われるっ!!
いや、でも変態女が一人でもこの世から減るのだとすれば……。
いやいや、さすがにそれはそれで後味が悪い。
ということで、俺は一瞬頭の中で天使と悪魔のやりとりをしてから、地面を蹴ると彼女を追うように渓谷へ向かってジャンプする。
そして、彼女にまとわりつく糸を真っ二つに切り裂くと、地面に着地して落下してきたミユを受け止めた……のだが。
あ、ベトベトで気持ち悪い……。
不快感を胸に彼女を地面に下ろすと、彼女は器用に大鎌を操って糸を切り裂いて自由をとり戻した。
が、悠長に糸のベトベトをキモがっている暇はない。
糸吹きアナコンダは渓谷に立つ俺に向かって、つぎつぎと糸を噴射してくる。そんな糸を避けながら、俺はすでに張り巡らされた渓谷の架け橋をナイフで切っていく。
なるほど……このネバネバの罠に引っかかって身動きを取れなくなった獲物を食べるという魂胆らしい。
が、さすがにこんなにデカい罠に引っかかるほど俺たちはのろまではない。
糸を避けながら次々と罠を切っていると、焦ってきたのか糸吹きアナコンダは巣穴からにゅるりと体を出し始めた。
さすがはアナコンダという名前なだけあり、糸吹きアナコンダは体長一〇メートルは優に超えそうな長い体を巣穴から出すと、その場でとぐろを巻き始めた。
が、鱗を見ると蛇と言うよりはやっぱりドラゴンだ。
手足のない龍という表現が一番しっくりくるだろうか。
その巨体に思わず怯みそうになるが、びびったら負けだ。ナイフを構えながら身構えているとアナコンダは金切りのような甲高い鳴き声を上げて、短い糸をマシンガンのように無数にこちらへと向かって撃ってきた。
ミユを見やる。
あ、これは動きについていけなさそう……。
そう判断した俺は、まだややネバネバ感の残っているミユを抱きかかえると、跳躍して近くの糸の吊り橋に飛び移る。
細い糸の上に立ってなんとかバランスを取っていると「お、お兄ちゃんっ!?」と驚いたようにミユが俺を見やる。
どうやら、俺の動きについていけず、どうして自分が抱きかかえられているのか理解していないようだ。
よくそれでBランク冒険者になれたな……。
ギルドの能力判定に疑問を抱きながらも、俺は身構える糸吹きアナコンダへと視線を向ける。
アナコンダは俺たちに狙いを定めて口をすぼめている。
「言っておくが妙な真似はするんじゃねえぞ……」
「わ、わかってるよ。匂いを嗅ぐだけにする……」
そう言ってミユは俺の胸元顔を埋める。
「いや、俺の話を聞いてたか?」
なんて呆れている間にアナコンダはこちらへと向かって再び、短い糸をマシンガンのように撃ってきたので、吊り橋から吊り橋へと飛び移ってそれを回避する。
なかなか俺を仕留められないアナコンダはイライラしているのか、動きが少々粗っぽくなってきた。
狙いを定める……というよりは乱れ打ちをして運良く俺に当たるのを待っているようだ。
さすがにそれは甘すぎる……。
ぴょんぴょんと吊り橋を移動しながら、反撃に出ることにした。
乱れ打ちする糸を避けながら、徐々にアナコンダとの距離を詰めていると、弾が切れたのかアナコンダの攻撃が止まった。
あれ? これってチャンスなんじゃ?
そう思った俺は吊り橋からぴょんとアナコンダの頭に飛び乗るとナイフでグサっと脳天を刺してみる。
脳天からはアナコンダの鮮血が吹き出し、例の金切り声を上げると首を激しく振った。
慌てて近くの吊り橋に飛び移って暴れ回るアナコンダを眺めていた俺だったが、しばらくするとバタンと巨体が地面に倒れると、アナコンダはびくともしなくなった。
あ、あっさり勝っちゃったわ……。
なんだかあまり手応えというか苦戦もせずに勝ってしまったことに違和感を覚えたが、アナコンダの目は急激に白くなり始めているし死んではいるようだ。
あ、あれ……もしかして糸吹きアナコンダってそこまで強くないのか?
だって俺Fランクだぞ?
そんな疑問を抱きながらミユを抱きかかえたまま地面へと降り立つと、俺たちはこの巨体をどうやってギルドに持ち帰るべきか考え始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます