第10話 不本意だけどベターな選択
とりあえず魔法波を打ち消すことでミユを打ち倒すことができた。
どうやら魔法波という物は使い方によってはかなり便利な使い道があるようだ。
が、おそらくミユはあまり魔術の心得はない。
それが俺の率直な感想である。彼女は自身の魔法波を隠しきることができていなかったし、闇魔法の大鎌だって波の速さを細かく変えれば打ち消されることもない。
そんな相手に俺は倒されかけたし、あのとき大鎌を打ち消すという発想がなければ酷い目に遭っていただろう。
ルル先生は自身の力を過信するなと言っていたし、俺自身過信しているつもりはないけれども、あらためて彼女相手に苦戦をしたことによって身につまされた。
それはそうと……。
山の中で気絶して絶賛目をぐるぐる回しているユナを魔物捕獲用の布袋に詰め込んだまま宿へと戻ってきた俺は、彼女を袋から出して頭を悩ませる。
とりあえず持って帰ってきたけれど、これからどうしようか……。
俺はこの気絶中の匂いフェチ変態少女の処遇に頭を悩ませていた。
彼女は殺し屋である。いや、厳密には俺に城に戻れと忠告してきたけれど、その言葉を信用するわけにはいかないし殺されていたとしてもおかしくない。
もしも効率的に考えるならばこいつを殺して山に埋めるのが最も正しい処分方法だ。
が、さすがに人を殺すのはねぇ……。
いくら殺される可能性があるとはいえ、俺には自分と同い年ぐらいの女の子を殺害して山に埋める勇気はない。
ならば、こいつを野放しにするべきだろうか?
いや、それはそれでまずい。こいつは俺の居場所を知っているのだ。現状、俺は資金不足で派手な動きはできないし、こいつに俺の居場所を報告されるのは面倒だ。
とはいえ、この絵面はマズいよな……。
宿の机に座りながらベッドの上で手足を縛られながら寝息を立てるミユを眺める。
これだとまるで女子校生を拉致監禁して、とんでもないことを企んでいる性犯罪者だ。
これはこれで色々と人としてマズい気がする……。
なんて考えていると、彼女の瞼がピクピクと動いて身動きを始めたので、俺は身構える。
「ん、んん……」
と、声を上げながら目を見開いたミユは、瞳をきょろきょろと動かして辺りを見回した。
どうやらここがどこか理解できていないようだ。
が、その双眸が俺を捕らえた瞬間、彼女は怯えたように「ひゃっ!?」と小さく悲鳴を上げる。
「わ、私に何をするつもりですか……」
なんだろうそんな目でそんなことを聞かれたら本気で自分が性犯罪者なんじゃないかと不安になってくる。
「いや、何をするつもりもねえよ。むしろ、何をすればいいのか悩んでいるところだ……」
と答えたところで、彼女がまた闇魔法で大鎌を作ろうとしたので慌てて魔法波を相殺しておく。
「な、なんで……」
どうやら彼女には俺が何をしているのか理解できていないようで、困惑しているようだった。
「とりあえず静かにしてくれないと、俺はお前を始末しなければならない……」
とりあえず叫び声を上げられたら一〇:〇で俺が負ける気がするので、不本意ながら脅しておくことにする。
「や、やっぱり私に何かをするつもりなんですね?」
いや、まあそう思われてもしかたがないよね……。
「私、可愛いですから、そういう気持ちになるのもしかたがないと思います」
あ、なんだこいつ……ぶっ飛ばしてやろうか……。
「それとも私を殺すつもりですか?」
「それはお前の態度次第だな。お前には洗いざらい話して貰わなければならないことがある」
こいつの雇い主についてや、他にも追っ手がいるのかなどなど色々と聞いておきたい。
殺すつもりはないけれど、とりあえず脅しておくのは有効だろう。
そんな気持ちでそう答えたのだが、ミユは俺の言葉を聞いてなにやら不敵な笑みを浮かべる。
「嘘を吐いていますね……」
「はあ?」
「私にはわかります。ウィレムさまは女の子を口封じで殺すような怖い人ではありません」
「いいのか? そんなに俺を信用して痛い目をみても知らないぞ?」
「自信があります。私、匂いで他人の性格がある程度理解できるんです。きっとウィレムさまは優しいお方です」
ということらしい。
まあ優しいかはともかく、殺すつもりがないのは当たっているから、あながち彼女の嗅覚は間違ってはいなそうだ。
その鋭い嗅覚があるのなら俺が変態でないことも察して欲しかったけどな……。
「私を解放してくれませんか?」
「やだな」
「どうしてですか?」
「逆にどうして解放してくれると思ってるんだよ……」
「言っておきますが私は逃げるつもりはありませんよ」
「はいそうですかって俺が信じるとでも思ってるのか?」
なんだかよくわからないが彼女との会話はいちいち面倒くさい。
根本的に彼女とは会話の波長が合わないようだ。
「少なくとも今、私が手ぶらで城に戻ったらシルクさまに殺されますので」
「シルクさまって誰だよ……」
「ルシタファの会長です。簡単に言えば若作りをしているおばさんです……」
「若作り云々はどうでもいいけど、とりあえずお前がルシタファという組織に所属していて、そのトップがシルクというおばさんだということはわかった」
まあ本当のことを話しているのかは不明だけれど、一応は頭の片隅にはとどめておこう。
「それはそうとウィレムさま、これからどうするつもりですか? 私を殺す勇気もなければ、かといって私を野放しにするつもりもないなら、ずっと私をここに監禁しておくつもりですか?」
「…………」
なかなかに痛いところを突かれた。
彼女の処遇は本当に面倒だ。どうせ保安官に通報して捕まえさせてもそれを知った王国は即刻彼女を城に連れ戻して事情を聞くなり殺すなりするだろう。
さっきも言ったが居場所がバレるのが面倒だ。
そうなると選択肢は自ずと絞られてくる。
例えば……。
「ウィレムさま、私を仲間にしませんか?」
「信用できるかよ……」
「けれども信用するほかないのでは? もちろん私を殺すという選択肢を除いてですが」
「………………」
そうなのだ。俺にはおそらく彼女を殺すことはできないだろう。そうなるとこいつを仲間にとりこむのが、残念ながらもっとも現実的なのだ。
が、こいつのことは信用できない。
「ウィレムさま私は結構役に立つ女だと思うんです」
「ほぅ……随分と自分に自信があるんだな……」
「ウィレムさまだって旅を続けていたら人恋しくなることがあると思います。そんなとき私が側にいれば都合がいいと思いませんか?」
「思いませんな」
申し訳ないが変態はNGだ。
「そこまではっきり言わなくても良いじゃないですか。少なくとも私はウィレムさまの高貴で野性的な匂いは好きですよ? それに私は自分よりも強い人間に強引なことをされるのは嫌いじゃありません」
「あ、そうっすか……」
「それに私は鼻が効きます。もしも他の追っ手が近づいてきたときにウィレムさまよりも早く気づけると思います」
たった今彼女から初めて有益な情報を聞いた。
それはそうと。
「お前、なんだか知らないけど諜報機関的なところにいるんだろ? なのにそんなに簡単に裏切ってもいいのかよ?」
「はい、構いません。別にルシタファに恩があるわけでもありませんし」
「そうなのか?」
「はい、元々は私は究極の香水を作るためにルシタファに入ったんです。シルクさまが仕事を頑張れば研究費を出してくれると言ってくれたので。ですが、いざ入ってみたら研究費は削られるし、せっかくの報酬もシルクさまが自分の若作りのために持っていくので私の手元にはほとんどお金が残りません。これじゃあ、ルシタファに所属している意味がないです」
「よくわからないけど、そのシルクっておばさんはケチなんだな……」
「はい、ケチです……」
どうやらこいつはそのルシタファとやらに愛想を尽かせていたようで、忠誠心はないようだ。
「お前のルシタファへの気持ちは理解した。が、そう簡単に組織を裏切るような人間を仲間にしても、すぐにまた俺も裏切られるのが関の山だな」
そんな奴、信用して近くに置いておけない。
「ご心配はご無用です。ウィレムさま、少し私のセーラー服の内ポケットに手を入れてみてくれませんか?」
「いや、なんで……」
「私の胸ポケットに面白い物が入っています。私は手足を縛られているのでウィレムさまが取ってください」
ということらしい。
さて、面白い物とはなんだろうか……。
「私を解放してくれるのであれば、自分で取りますが?」
「いや、俺が取る……」
その面白い物とやらがなんなのかはわからないが、とりあえず見ておく価値はある。
ということで、あまり気は乗らないが、彼女に歩み寄るとセーラー服をわずかに浮かせて、彼女の胸に手が当たらないように最新の注意を払って内ポケットへと手を伸ばした。
なんだろう……この罪悪感……。
「んんっ……」
と、そこでミユが妙な声を出す。
「ぶん殴るぞ……」
「クスクス……」
いちいち癪に障る女だな……。
舌打ちをしてから内ポケットをまさぐると、何やら固い物が入っていたので、それをそっと取り出した。
「な、なんじゃこりゃ……」
彼女のセーラー服から出てきたのは……首輪だった。
「これを付ければ私は魔法が使えなくなります。本当はウィレムさまを城に連れ戻すときに使用するつもりでしたが、それは叶いませんでした」
その首輪には複数の魔法石が付いており、魔法石からは様々な波長の魔法波が首輪の内側に向かってわずかに放射されている。
「なるほど……」
「これを私の首に取り付ければ、少しはウィレムさまも安心できるのでは?」
「確かにな……」
よくできた首があるものだ……。
それはそうと。
「ところでお前はこの首輪がどういう原理でできているか知っているか?」
「え、ええ? 知りませんが……」
「そうか。ならいい」
ということで、早速俺は彼女の首にその首輪を装着して付属していた南京錠なような物をカチャリと閉めた。
「なんだか少しいやらしいですね……」
「わかっているけど口には出すな」
そんな俺の言葉にミユはペロッと舌を出した。
これでおそらく彼女は魔法を使用できないだろう。魔法の使用できない彼女はただ嗅覚が異常に発達した女の子だ。素早い動きもできなくなるだろうし、俺から逃げることも不可能だろう。
あまり本意ではないが、彼女を旅に同行させて自分の近くに置いておくのがもっともベターな選択になってしまったことは否定できない。
「言っておくが、下手な真似をしたら本気で殺すからな」
「ウィレムさまにはできませんよ?」
「ちっ……」
舌打ちをして俺は彼女の手足の拘束を解いてやることにした。
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