第9話 キモい……

 ということで俺の元についに刺客がやってきてしまった。


 が、彼女の出で立ちはどこからどう見ても、ただのセーラー服姿の女子校生である。


 いや、なんで女子校生がこんなところに……。


 前世では見慣れた姿ではあるが、今世においてはセーラー服姿の女の子なんて見たことがない。


 いや、正確に言えば似たような服装の水兵は見たことがあるが、少なくとも彼女はその類いの人間ではないだろう。


 彼女の深紅の瞳はじっと俺を見つめており、彼女の手にはどこで付着したのだろうか鮮血がべっとりとついて滴り落ちているのが見える。


 一見ただの女子校生に見えなくもないが、ヤバい奴で間違いないだろう。


「なんだか野蛮な存在だと言われているゴブリンですが、血の臭いは人間よりもずっと清潔な匂いがしますね。人間のように生臭さがあまりないです」


 そう言って彼女は血の付着した手を鼻に近づけてクンクンと匂いを嗅ぐ。


 これは……サイコですね……。


 少なくとも俺に対して好意的な存在でないことは、そんな彼女を見ていればすぐにわかる。


 が、一応聞いておかなければならない。


「お前は何者だ? 言っておくが俺はお前みたいな奴知らないぞ……」

「あ、ごめんなさい。そう言えば初対面でしたね……」


 少女はハッとしたように顔から手を離すとにっこりと微笑んだ。


「私、ミユって言います。国王陛下からウィレムさまを城に連れ戻せって言われたので、お迎えに上がりました」


 ということらしい。やっぱり俺が思っていた通りこの女は王国が送り込んできた刺客のようだ。


「と、トミオ……この女はいったいなんの話をしてるのだ?」


 そんなミユとやらの言葉にマリアが反応する。


 当然だ。突然ヤバい奴が現れたと思ったら、今度は国王だとかウィレムだとかわけのわからないことを話し始める。


 困惑するのも無理もない。


「俺にも心当たりがないですね。俺はタカダトミオで、ただのFランク冒険者なので」


 とりあえずねえちゃんよ。俺のことを本名で呼ぶのはマジで止めてくれ。


 が、ミユにはそういう心遣いはないようで。


「何を言っているのですかウィレムさま。あなたは間違いなくウィレムさまです。何せ私のこの鼻腔があなたの匂いをはっきりと覚えていますので」

「に、匂い? なんの話だよ……」

「こっちの話です。とりあえずあなたに城に戻って貰わなければシルクさまに怒られてしまいます」


 シルク? 誰だそいつ……。


 よくわからないが、彼女は俺を本気で捕まえるつもりのようだ。


 俺と彼女は初対面だが、ここでしらばっくれても彼女には通用しないだろう。


 だとしたら俺が考えるべきことは一つだ。


「ま、マリアさん、よくわからないですが彼女の目的は俺のようです。皆さんは逃げてください」


 俺がやるべきことは少なくともマリアたちパーティのメンバーを危険に晒さないことだ。


 殺されるにしても捕らわれるにしても彼女たちを巻き込むのは俺の信条に反する。


 が、そんな俺の言葉にマリアは「き、きみを置いて逃げることはできないっ!! もしもきみがピンチなら私たちも一緒に戦う」と訴えかけてきた。


 いや、ホントこの人たちいい人過ぎだろ……。


 出会ったのは昨日のことだぞ? どこの馬の骨ともつかない俺の為に戦ってくれるなんて聖人どころの騒ぎじゃない。


 が、そんな優しい彼女たちだからこそ、戦闘に巻き込むわけにはいかない。


「ごめんなさい。マリアさんっ!!」


 だから、俺は一目散に地を蹴って近くの枝に乗り移った。そして、そのまま山の奥深くへと駆けていく。


 メンバーが逃げてくれないのであれば、俺が逃げてミユをおびき寄せるしかない。


 幸いなことにミユから発せられた魔法波は俺へと向かってくるのがわかった。


 よ、よかった……俺を追いかけてくれなきゃ、単純に俺が仲間を置いてけぼりにして逃げただけだと思われてしまう。


 とりあえず彼女が俺を追いかけていることに安心したところで、俺は魔法波を例のノイズキャンセル機能で隠すと木の陰に隠れることにする。


 こうやって相手の動きを攪乱して、その隙にメンバーたちには逃げて貰う。


 それが俺にできる唯一の彼女たちへの恩返しだ。


 とりあえず物音がしないように木の陰に身を潜めながら、彼女の動きを探知する。


 彼女は相変わらず魔法波をぷんぷんと放ちながら動いてくれるため動きが追いやすい。


 なんて考えながらやり過ごすのを待っていた俺だったが……。


 あ、あれ……なんか彼女が俺の方に一直線に駆けてくるんだけど……。


 なんというか彼女の動きには迷いがなかった。まるで俺のことが見えているように一直線に俺の方へと駆けてくる。


 いや、なんで……。


 別に自慢をするわけではないが、魔法波を隠せばルル先生ですら俺の居場所を突き止めるのに時間がかかるのだ。


 にもかかわらず彼女の動きには迷いがない。


 漏れているのか? いや、それはない。


 ならなんで……。


 半ばパニックになりながら原因を探っている間にも、ミユとの距離は近くなっていき突如背後から「見つけたっ!!」と元気のいい声が聞こえるとともにシュッと俺の頭上を何かが通り過ぎた。


 な、なんだっ!?


 慌てて頭上を見上げると、俺の体を隠してくれていたはずの木が幹の途中からスライドを始めてそのまま横倒しになった。


 う、嘘だろおいっ!!


 慌ててその場から飛び退くと、ミユが見える。


 彼女は真っ二つになった木の切り株に立ったままご機嫌そうにニコニコと笑みを浮かべている。


 そして、その手には真っ黒い大鎌のようなものが握られている。


「逃げても無駄ですよ。ウィレムさまのいやらしい香りはどこにいたってわかるのですから」


 そう言って彼女はピクピクと鼻を動かした。


 こっわ……。


 そんな彼女の仕草に身震いが止まらない。


 どうやら彼女は匂いを頼りに俺の居場所を探り出したようだ。彼女の嗅覚は犬と同等かそれ以上に発達しているらしい。


 となると魔法波を消しても無駄か……。


「ウィレムさん、ウィレムさんの香りをもっと近くで感じたいです」

「お断りします……」

「そんなに高貴で野性的な匂いは王国中どこを探しても見つかりませんよ? もっとご自身の香りに自信を持ってください」


 なんて言いながら彼女は右手に持ったドデカい鎌をくるくると回した。


 鎌からはまるでドライアイスのように霧が漏れ出ているが、その色は漆黒である。


「ウィレムさま、お城で国王陛下がウィレムさまのご帰還を待っておられます。一緒に白に戻りましょう」

「は? 国王が俺の帰りを? 冗談も休み休み言え」

「う、嘘じゃないです。国王からのお手紙も持ってきました」


 そう言うとミユはスカートのポケットから封筒のようなものを取り出すと、それを人差し指と中指に挟んでこちらへと投げてきた。


 封筒はまるで鋭利な刃物のようにくるくると回転しながら凄まじいスピードで俺の元へと飛んでくる。それを短刀で突き刺してなんとか止めると、封筒へと目を落とす。


「国王陛下からのお手紙です」

「あっそ……」


 封筒には確かに国王の指輪で押された蝋封がされている。


 その封筒を無造作に開けて中を取り出すと、おそらく執事が代筆したであろう達筆な文章が記されていた。


『ウィレムへ ウィレムくん、何も心配はいらないからお城に戻っておいで。ウィレムくんは次期国王なんだから、これから叔父さんと一緒に政務のことをゆっくり学んでいこうね 国王ザルバ四世より』


 いや、こんな子供騙しが通用するとでも本気で思っているのか、うちの国王は……。


 どう考えてもこれは罠だ。おそらく城に戻ると同時に捕らえられて一生牢屋にぶち込まれるか殺されるかの二択だろう。


 どうやら俺は国王から相当なバカだと思われているようだ。


 腹が立ったのでその場で手紙を破いて捨ててやった。そんな俺を見てミユは「はわわっ……。陛下のお手紙が……」と悲しそうな目をした。


「悪いが、国王に伝えてくれ。俺は一生に城に戻るつもりはないと」

「そういうわけにはいきません。ウィレムさまを城に連れ戻すのが私の仕事ですから」


 まあお前ならそう言うだろうな……。


 が、せっかくルル先生に鍛えて貰ったのだ。その恩に報いるためにもここで掴まるわけには行かない。


 先生から貰った短刀を構えると、ミユと対峙する。


「どうしても帰ってきてくれないんですか?」

「そうだな」

「じゃあしょうがないですね」


 そう言って再び大鎌をくるくると回すと、彼女は宙を舞った。


 彼女は空中で大鎌を振り上げると、そのまま俺目がけて大鎌を振り下ろしてきた。


 が、さすがにそんな大胆な攻撃が避けられないはずもなく、わずかに体を傾けて鎌をかわす。


 振り下ろされた鎌は俺の体に触れることなく、地面に突き刺さった。


 この隙に反撃をば。


 そう思い短刀を逆手に握り直した俺は、そのまま彼女の首筋目がけて短刀を振り上げようとした……のだが。


「甘いです」


 ミユがそう呟くと、さっきまで地面に突き刺さっていたはずの鎌が霧散したと同時に、今度は人間の手の形へと変貌したその漆黒の何かが俺の手首を掴んだ。


 な、なんじゃこりゃ……。


 その予想外すぎる動きに動揺しているとミユはニヤリと口角を上げる。


「王子様は病み魔法をご覧になったことがないのですか?」

「や、闇魔法……な、なるほど……」


 どうやらさっきから自由自在に形を変えるその漆黒の霧のようなものは、彼女の闇魔法の仕業のようだ。


「私の操る病みは変幻自在です」


 俺の手首をぎゅっと握り絞める闇に身動きを封じられる俺、そんな俺の元に彼女はゆっくりと歩み寄ると、俺の首筋へと鼻を近づけてくる。


「くんくん……ウィレムさまの匂い……本当に良い香りです」


 き、キモい……。


 何をされるのかとビクビクしていたら、俺の匂いを嗅ぎ出すセーラー服の少女。


 が、彼女はすぐに俺の首から顔を遠ざけると再び俺の顔をニヤリと見やる。


「もっと近くでウィレムさまを嗅ぎたい……」


 彼女がそう呟くと同時に、俺の手を掴んでいた闇が粘土を伸ばしたように足下へと伸びていき、さらに新たな腕が形作られたと思った頃には闇は俺の両足首をしっかり掴んでいた。


 直後、足首を掴んでいた腕が彼女の方に勢いよく引っ張られ、俺はバランスを崩して仰向けに倒れる。


「もっともっとウィレムさまのこと嗅がせてください」


 倒れた俺の両手足をがっちりとホールドしたまま、ミユは再び俺の首元に顔を近づけてクンクンと匂いを嗅ぎ始めた。


「お、おいっ!! 止めろっ!!」

「やめません」


 いったい俺は何をされているのだろうか……。


 首筋から胸、さらにはおへそへとクンクンと彼女に嗅がれながら俺はふと我に返る。


 いや、ホント俺……何をされているの?


 彼女の目的は俺を殺すことじゃないのか? それとも本気で俺を城に連れ戻そうとしているのか。


 いや、いずれの理由だとしても匂いを嗅がれるのはおかしいだろ……。


 が、彼女は嗅ぐのを止めようとしない。必死で抵抗を試みるが彼女の闇は俺の両手足を掴んだまま微動だにしない。


 その闇からは短い周波の魔法波が俺の皮膚、耳、さらには脳へと伝わってきた。


 ん? 待てよ……。


 と、脇の辺りに顔を埋められながら俺はふと思った。


 俺は闇魔法を使用したことがない。なぜならば俺は基本的に魔法を自身のフィジカル的な動きのために使用してきたからだ。


『ファイアーボールを撃つ暇があるならば、その魔力で相手との間合いを詰めたほうがよっぽど勝ち目があります』


 昔、炎魔法に興味を持った俺がルル先生に言われた言葉だ。


 だから俺は素早く動くこと、身を潜めること、さらには力強く剣を振ることのために魔力を使用してきた。


 が、よくよく考えてみれば闇魔法からも魔法波は放たれているわけで、根本的なメカニズムに変わりはないのでは?


 と、なると……。


 俺は彼女にくんくん嗅がれながら、試しに闇の腕に魔法波を放ってみる。


 すると、闇はわずかにノイズで乱れた。


 あ、あれ……ってことは……。


 そこからの俺の動きは早い。彼女から放たれる魔法波の波長に合わせるように魔法波を調節していきぴったりとハマる場所を探す。


 そして、波長がぴったりとあったときに彼女の闇は俺の魔法波に相殺されて霧散した。


「え?」

 と、驚いたようにミユが俺の体から顔を離す。


 あ、これチャンスだわ。そのことに気がついた俺は彼女の首根っこを掴むと力一杯、彼女の近くの木を目がけて放り投げた。


 あっさりと宙を舞った彼女の体は近くの大木の幹に直撃して、強く背中を幹で打った彼女は「ぐはっ!!」と肺の空気を勢いよく吐き出すとその場に倒れ込むと、気絶をしたようでピクリとも動かなくなった。

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