第8話 個性的なパーティ

 翌朝、約束通り俺は宿屋スターダムの玄関ホールへとやってきた。


 いや、ほんとダッサい名前……。


 が、逃走の費用を捻出するためにはここに来なければならないのだ。


 スターダムの玄関ホールの椅子に座ってみんなが集まってくるのを待っていると、なにやらパジャマ姿でボサボサ髪の女が歯ブラシを咥えたまま歩いているのが見えた。


 ギルドで話しかけてくれたおねえさんだ。


 そんな彼女は俺の顔を見つけると「はわわっ!?」と驚いた様子で目を丸くした。


「も、もう来たのかっ!?」

「いや、もうって集合時間ですし……」

「そ、そうだが、この街に集合時間に集まる奴なんていないぞ……」

「な、なるほど……」


 どうやらこの街の人間はなかなかに時間にルーズらしい。


「わ、悪い、すぐに準備をするからもう少しだけ待っていて欲しい」


 おねえさんはそう言って駆け足で階段を上がっていくと、一五分ほど経ってドタドタと玄関ロビーへと戻ってきた。


 そして、そんなおねえさんの後を追うように見知らぬ男女三人もまた玄関ロビーへとやってくる。


「悪い悪い……待たせたな」


 そう言っておねえさんは俺に頭を下げると、まだわずかに寝癖の残っているブロンドの髪を手櫛で直した。


「いえいえこちらこそ早く来すぎたいみたいで……」


 別に悪いことはしていないのだが、なんだか彼女たちを急かしたみたいで少し申し訳ない気持ちになる。


 と、そこで俺はおねえさん以外の三人へと視線を向ける。


 一番始めに目があったのは、何やらとげとげの棍棒を持ったモヒカンヘアの三〇代くらいのにいちゃんだった。


 麻のズボンに上半身はタンクトップで、肩にはこれまたとげとげの肩パット。


 まるで世紀末からやってきたようなそのにいちゃんは、俺と目が合うとニコニコと笑って俺に右手を差し出してきた。


「マリアから話は聞いてるぜ? 昨日ギルド登録をしたばかりのひよっこらしいじゃねえか。まあ、初めてのことでなかなか大変だろうが俺たちについてきて色々見て学んでくれっ!!」

「よ、よろしくお願いしますっ!!」


 俺よりも数倍がたいのいいそのにいちゃんと握手を交わす。


 そう言えば昨日は名前を聞かなかったが、おねえさんはマリアという名前らしい。


 可愛い名前だなおい……。


 と、そこでマリアがにいちゃんに歩み寄り、にいちゃんの背中をぽんぽんと叩く。


「こいつの名前はルドルフって言うんだ。見た目は少々厳ついけれどなかなか頼りになるナイスガイだ」


 ということらしい。


 パーティのことはよくわからないがゲームで言うところのアタッカーのような存在だろうか?


「ちなみにルドルフはパーティではヒーラーを任されている」


 嘘だろおい……。


 いや、じゃあそのとげとげの棍棒はなんなんだよ……。


 見た目とのギャップにカルチャーショックを覚えていると「あ、あの……」とトゲトゲヒーラーの隣に立つ少女が俺を見やった。


「は、初めまして……私の名前はミミだよ」


 そう言って俺にペコペコと頭を下げるローブ姿の少女。


 年齢は見たところ一〇歳そこそこといった感じだろうか……。


 どうやらローブのサイズがあっていないようでローブの裾が床についてしまっている。


 そしてその手には大きな魔法の杖が握られていた。


 どうやら魔術師のようだ。


「ミミはうちのパーティでは剣士をやってくれている」

「いや、じゃあその魔法の杖は……」


 思わずツッコまずにはいられなかった。


 するとミミはペロッと舌を出すと、杖の柄を上に引っ張る。すると魔法の杖の中から日本刀のような鋭利な刀身が姿を現す。


 そのカモフラージュ、なんの役に立つんですかねぇ……。


 苦笑いを浮かべながらその隣に立つ盾を持ったガリ勉眼鏡の青年に目を向ける。


 いや、俺はもう騙されないぞ。盾を持っているからディフェンダー的な職業と見せかけて、全然そんなことないんだろ?


 その盾からビームでも出るのか?


「こいつの名前はルーシュ、この大きな盾で我々を守ってくれる存在だ」


 そのままなのかよ……。


「ルーシュです。以後お見知りおきを」


 そう言って眼鏡を直す青年を眺めながら、もう俺は何も信じないと決めた。


「まあうちのパーティはこんな感じでオーソドックスなメンバーでやっている。今日は私たちについてきてパーティがどう動くのかを勉強してくれれば本望だ」


 どの口が言ってんだよと言いたくなったがぐっとその言葉を飲み込むと「今日はよろしくお願いします」とみんなに頭を下げる。


 かなり個性的な集団には見えるが、こんな俺を仲間に入れてくれるのだからいい人たちであることには変わりない。


「ところで今日はどこで何をするつもりなんですか?」


 そう言えばどこに行くのかも何をするのかもまだマリアから聞いていなかった。


 俺の言葉にマリアは「あれ? まだ話していなかったっけ?」と首を傾げる。


「今日は山の奥にある洞窟に入ってゴブリンを討伐する予定だ。なんでも最近こいつらが農作物を荒らすせいでみな困っているそうだ」

「おおっ!! ゴブリンですかっ!?」


 俺は城で育ったせいで外の世界をよく知らない。


 この世界にもゴブリンがいることは知っていたが、城近くの山にはいなかったし当然ながら生で見たこともない。


 そのいかにもファンタジーな名前の生物に思わず心が躍った。


 が、やや興奮気味の俺を見てメンバーたちは不思議そうに顔を見合わせていた。


「な、なんでそんなに嬉しそうなのだ?」

「え? あ、いえ、別にそういうわけでは……」

「ところでトミオ、きみには何かしら武術の心得のようなものはあるのか?」


 ん? トミオ? なんで前世の祖父ちゃんの名前で呼ばれたんだ?


 と、一瞬混乱したが、よく考えてみればギルドカードはタカダトミオで登録したんだったわ……。


「能力次第できみを守るための陣形が変わるからな。謙遜や誇張ではなく客観的なきみの強さが知りたい」


 ということらしい。


 俺は懐から短刀をとりだすとそれをマリアに見せた。


「一応一〇年ほど先生から基本的な武術は教わっています」

「なるほど、じゃあまるっきりの初心者というわけではないのだな。それは心強い」

「いえ、皆様のお役に立てるレベルではないですが……」

「それはそうと、なかなかに高価な短刀を持っているのだな」


 そう言ってマジマジと短刀を眺めるマリア。


 この短刀はルル先生からもらった物だ。どうやら先生が若い頃に使っていた短刀らしく鞘には宝石がちりばめられている。


 その明らかに高級だとわかる短刀を物珍しそうにながめていたマリアだが不意に笑顔に戻ると「素敵な剣だな」と褒めてくれた。


 ということでパーティメンバーが全員揃った。


 俺たちはマリアの「では行くか」という号令とともにスターダムを出ると、軽食をすませてから東の山に入ることになった。


※ ※ ※


 あーなんか俺、今冒険者やってるわ……。


 ということで山に入った俺たちはゴブリンの洞窟を目指してひたすら山を登っていく。


 個性豊かすぎるメンバーに囲まれて山登りをしながら、俺は冒険者になったことを実感する。


 もちろん俺の目的は国外から脱出することだ。


 今回のゴブリン狩りはあくまでその資金の足しにするための行動なのだけれど、前の世界で幼い頃からテレビゲームをやってきた俺にとってはなかなか感慨深い。


 少なくとも前世でRPGをやったことのある少年ならば誰しも一度は冒険者や勇者に憧れる。


 そんな前世の夢が叶ったのだ。いくら逃亡のための金稼ぎとはいえ心が躍らずにはいられない。


「ゴブリンは基本的には山の麓から中腹にかけての洞窟に生息している生き物だ。戦闘力はそこまで高くないが、やつらの根城である洞窟を探すのが一番大変なんだ。あっさり見つかってくれば昼にはギルドに戻れそうなんだがな……」


 と、マリアから説明されてなるほどと手帳にメモを残す。


 メモをとりながらいかに自分が経験不足なのかを痛感させられる。


 確かに俺はルル先生と地獄のような鍛錬を一〇年間も積んできた。もちろん俺は本気で頑張ってきたし、それなりに実力をつけたという自負もある。


 が、俺が経験したのは安全な山の中で先生と行った模擬試合だけなのだ。


 当然ながら実戦では予想外なことも起こるだろうし、ゴブリン退治一つとってもノウハウと経験が必要そうだ。


 言うなれば温室育ちの経験不足の俺にはマリアの言葉はどれも新鮮だ。


 ゴブリンと聞けば雑魚敵のイメージがあるけれど、この世界のゴブリンの強さなんてわからないし、自分の強さを過信しないことが重要になりそうだ。


 なんて考えながら山を歩いていた俺だったが、実はさっきから疑問に思っていたことがあった。


 なんでみんな魔法波を隠さないのだろうか?


 基本的に俺はルル先生から魔法波を隠すように教わった。


 繰り返しになるが魔法波とは魔術を使用したときに、いや使用していないときでも体から微弱に放たれる魔力のことだ。


 こいつが対外に放出することは、相手に自分の居場所を教えるも同然である。


 できることならば魔力波を隠して、相手に自分の場所を悟られないようにするのが戦いの基本である。


 が、彼らは特に魔法波を隠す様子がない。このような見通しの悪い山道で魔法波を隠さないことは自身を危険な目にさらすことにならないのか?


 それが不思議だった。


「トミオっ!! まさかお前びびってるのか? 冒険者たるものもっと堂々としていなきゃゴブリンになめられるぜ?」


 と、そこでモヒカンのヒーラールドルフに背中をポンポンと叩かれる。


「そ、そりゃ初めてなんですからびびりもしますよ……」


 素直な気持ちを口にするとルドルフは「ま、それもそうだなっ!!」とゲラゲラ笑う。


 そんな俺の元に今度はダボダボローブの魔術師……風の剣士ミミが歩み寄ってきてニコニコと微笑んだ。


「トミオくん、私も最初は凄く怖かったよ……。私はトミオくんの気持ちがよくわかるなぁ」


 可愛い。


 その小動物のような大先輩に癒やされながら歩いていると、今度はガリ勉眼鏡のルーシュが「おかしいですねぇ……」と足を止める。


 そんな言葉に他のメンバーも足を止めてルーシュへと視線を送る。


「なにかおかしなことでもあったのか?」


 マリアがそう尋ねると「僕の分析ではゴブリンたちはこの近辺に生息しています。人間の気配を感じれば何かしらのちょっかいをかけてくるのが妥当かと」と眼鏡の位置を直した。


 こいつだけホント見た目のまんまだな……。


 などと絵に描いたようなガリ勉キャラに感心しているとマリアもまた「確かに少しおかしいなぁ……」と首を傾げる。


 どうやらゴブリンとはそういう生き物らしい。


 確かに俺の知っているゲームのゴブリンも人間相手に悪戯をしたりして脅かしたり怖がらせたりしてくるみたいな感じだったと思う。


 まあ、ゲームによってまちまちだけどな。


 が、そのルーシュの言葉を聞いて腑に落ちたこともあった。


 むしろゴブリンを相手にする場合は魔力波を隠すことは仇となりそうだ。


 彼らは人間を見つけると悪戯を仕掛けてくるのだとすれば、むしろこちらからアピールをするぐらいの方が見つけやすい。


 何せ向こうから勝手に近づいてくれるのだから。


 だから彼らはわざと自分たちの存在をアピールしてゴブリンを寄せ付けようとしている。


 その結論に至った俺は、改めて自分の実戦不足を痛感する。


 と、そこでマリアがハッとしたように目を見開く。


「もしかして他のパーティに先回りをされたのか?」

「かもしれませんね……」

「だったら無駄骨になりそうだぞ……」


 そう言ってマリアが項垂れる。が、すぐに顔を上げると俺へと顔を向けた。


「すまないトミオ。このままだとトミオにお土産が渡せないかも知れない……」

「え? あ、いえ、マリアさんが誘ってくれていなければ路頭に迷っていましたし、声をかけてくださっただけでも感謝しています」


 マリアさんが声をかけてくれなければFランクの依頼がほとんどないことにすら気づけなかったのだ。そんな何も知らない俺に声をかけてくれただけでもありがたいのだ。


 それはそうと……。


「マリアさん、ゴブリンって単体で行動をするものなんですか?」

「え? い、いや、ゴブリンは群れで行動することが多い。だからいればすぐに気がつくはずだ」

「そうですか……」


 ならば違うようだ。


 というのもさっきから俺たちパーティの後方から魔法波を感じていたからだ。


 一瞬ゴブリンなのかと思ったが、群れで行動するのであればゴブリンではなさそうだ。


 場所は後方二〇メートルほどだろうか。そいつは魔法波を隠してはいるものの時折魔法波が漏れ出ており、場所はバレバレだ。


 最初は暗殺者にでも狙われているのではないかとビクビクしていたが、ここまで魔法波を隠すのが下手であればそもそも暗殺者になんてなれないだろうし、その線は薄そうだ。


 そうなるとゴブリンでも暗殺者でもない別の存在か……。


 とはいえ尾行をされているのはなんとも気持ちが悪い。


 と、そこでマリアが俺を見やった。


「あまり報酬は高くないが、この先に吸血ラットの生息地がある。そこで適当にやつらを狩ってギルドに帰ろう」

「吸血ラット……ですか?」


 なんじゃその生き物は……。


 首を傾げる俺にマリアは「心配はいらないさ」と笑みを浮かべる。


「捕獲の難易度は高くないし、ギルドに持ち帰ればEランク相当の報酬は貰えるだろう。そうすればトミオのランクだって上がるはずだ。これでトミオも他の依頼を受けられるようになる」


 本当にどこまで優しい人なのだろう。


 彼女は本気で俺が冒険者として困らないように配慮をしてくれている。


「だけど、それだとマリアさんたちにとってあまり旨みがないんじゃ……」

「気にするな。困っている人を助けるのが私の信条だ。それにうちのパーティには旨みだけを考えて行動をする奴なんていない」


 他のパーティメンバーがそこで俺に微笑みかけてきた。


 あ、自分、今みんなの優しさに感動しています……。


「じゃあお言葉に甘えてもいいですか?」

「もちろんだ。その代わり、将来トミオが強くなったときは困っている人間がいれば助けになってやってほしい」

「当然です。俺もマリアさんみたいな立派な冒険者になります」


 まあなるのは逃亡者なんだけど。


 ということで心優しいパーティの方々のご厚意によって俺たちは吸血ラットの捕獲へと向かうことになった。


 俺たちは引き返すのを止めて再び歩き出す。


 が、その直後「みいつけたっ!!」という声が背後から聞こえて俺たちは一斉に後ろを振り返る。


 声のした方を見やるとそこには女子校生が立っていた。


 いや、なんで……。


 が、そこに立つ女の子は前の世界の女子校生のようにセーラー服を身に纏っている。


 どうやらさっきから魔法波を出していたのはこの女子校生のようだ。


「だ、誰だっ!?」


 そこでマリアが剣の柄に手を添えながらそう尋ねる。


 が、彼女はそんなマリアに動じる様子もなく、ニコニコと微笑みながらこちらへと歩み寄ってくるとこう呟いた。


「ウィレムさま、私と一緒にお城に戻りましょう」

「なっ……」


 どうやらこいつは王国から送り込まれてきた刺客らしい。

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