第6話 逃走するつもりが冒険者に……

 身分証明書なしでオッケーでしたっ!!


 ギルドに入るとそこにはいかにもギルドというか、ギルドでしかない空間が広がっていた。


 具体的には窓や壁一面に依頼の書かれた紙がベタベタ貼られていて、ロビーには剣を持ったりロングボウを担いだ猛者たちがたむろしていた。


 彼らは次の依頼にはあいつを連れて行くとか、イッカクボアを倒すためには囮が必要だとかなんとか、いかにもな会話をしているのを聞いて少し少年心がくすぐられる。


 が、浮かれている場合ではない。


 俺は追われている身なのだ。とっとと金を稼いで少しでも遠くに逃げなければ。


 結局、受付に行ってギルド登録をしたい旨を伝えると、お姉さんは懇切丁寧に色々と教えてくれて一〇分ほどでギルドカードを貰えた。


 ギルドカードには俺が任意に決めたタカダトミオという前世での祖父の名前が刻まれており、右上にはFの文字がキラリと光っている。


 要するに俺はFランクの冒険者ということだ。ちなみにFは最も低いランクで一番上はSなんだって。


 ということで金を稼ぐ準備は出来た。とりあえず海外に高飛びできるぐらいの金を稼がなければいつまで経っても国外には脱出できないのだ。


 バリバリ稼いでとっとと逃げよう。


 ということで早速壁に貼られた依頼からFランクのものを見つけたい。


 そうだな……できればキノコ狩りとか小動物の捕獲みたいな一人で楽に稼げるような依頼が良い……。


 なんて考えながら依頼書を眺めていた俺だったが……。


 あ、あれ……最低でもEランクの依頼しかないのだけれど……。


 ちなみにFランク冒険者の俺が受けることのできる依頼はFランクの依頼だけだ。


 その後もの血眼になって依頼を探すもFランクのものが見つからず焦っていると、ふと後ろから「なにを探してるんだ?」と女性の声が聞こえてきたので肩をビクつかせて振り返る。


 すると、そこには革の胸当てを付けた金髪碧眼のおねえさんが立っていた。


 お姉さんの腰には剣がぶら下がっており、なんだか女剣士感があった。


「え? あ、いや、なんというかその……Fランクの依頼を探しておりまして……」


 相手は女性ではあるが一目でわかる。俺みたいなひよっこでは相手にならないレベルの相手だということに。


 もしかしてあれか? 今、俺、因縁を付けられているのか?


 ならばとりあえず大事になる前に穏便に彼女から離れなければ。


「め、目障りですよね? すぐにここを出て行きますので、ほんの少しの間、お目汚しを失礼いたします」

「はあ? お目汚し?」


 これがリクテン王国第一王子と一般庶民との会話である。


 愛想笑いを浮かべて腰を低くする俺をおねえさんは不思議そうに眺めていた。


「あんた依頼を探しているんじゃないのか?」

「え? あ、そうです……」

「言っておくがFランクの依頼なんてどこを探しても見つからないぞ? Fランク程度ならわざわざギルドに依頼なんてしなくても自分でなんとかなるし……」


 どうやら俺がギルド登録をしているところを見られていたようだ。


 いや、待てよ……Fランクの依頼がなきゃ永久に俺は依頼を受けられないじゃねえかよ。


「じゃ、じゃあどうすれば?」

「そういうときは上のランクのパーティに混ぜて貰うんだ」

「混ぜて貰う?」

「ああ、基本的にはパーティ単位で依頼を受ける場合は、そのパーティでもっともランクの高い人間のランクが参照される。つまりパーティにAランクの人間がいれば、周りの奴らが全員FランクでもAランクの依頼が受けられるってことだ。もっともAランクの依頼にFランクの人間をぞろぞろ連れて行くバカはいないだろうけどな」

「な、なるほど……」


 要するに俺が依頼を受けるためには少なくともEランクの冒険者のいるパーティに参加させて貰う必要があるようだ。


「丁寧にありがとうございます」

「私たちについてくるか?」

「はい?」

「私たちはこれからCランクの依頼を受けに行く。あんたがよけりゃついてきてもいいって言っているんだ」

「し、Cランクですか? 俺、まだFランクのひよっこですよ?」

「そんなの見りゃわかる。心配しなくていい。あんたに何かをやれなんて言わない。自分の身は自分で守って貰うし怪我をしても責任はとれないけど、ついてくるぐらいは許してやるよってことだ」

「なるほど……」

「FからEに上がるのは難しくない。Cランクの依頼を成功させればすぐにあがれるよ。そしたらあんたも単独で依頼を受けられるようになるだろ?」

「で、でも俺なんかが参加しても足手まといになるんじゃ?」

「困っている人がいれば助けるってのが私の信条だ。他の奴らが声をかけそうになかったから私が声をかけただけだよ」


 朗報、どうやらこのおねえさんいい人っぽい。


「あ、ありがとうございますっ!!」

「なら決まりだ。明日の朝にこのギルドの東側にあるスターダムっていう宿に来てくれ」


 なんじゃそのクソダサい名前の宿屋は……。


 ま、まあいいか……。


 ということで俺はおねえさんの言葉に甘えて、パーティに同行させて貰うことになった。


※ ※ ※


「ウィレムは? ウィレムはどこ? ウィレムちゃ~ん? どこ行っちゃったの~?」


 執務室では双眼鏡を目に当てた、ままふらふらと歩き回るリクテン王国国王ザルバ四世の姿があった。


 そんな王国の最高権力者を目の当たりにして執事は頭を抱える。


 ついに国王はストレスの限界を突破した。ルワンの急死に突如襲いかかってきた王位の継承問題、さらには苦肉の策で王位を継承させることに決めたウィレムの失踪。


 それらの諸問題が一気に押し寄せてザルバの頭は思考することができなくなった。


 ウィレムの失踪の報を聞いてからザルバ四世は突然笑い出したり、ふらふらとその場を徘徊したりとわけのわからない行動をくり返している。


「陛下、どうか平常心にお戻りください。陛下がそのような状態では政務が進みません」

「ウィレムは? ウィレムど~こ? どこかな~!! タンスの中かな~?」


 ダメだ。執事の言葉は国王には届かない。


 このままではマズいことに気がついた執事は、国王へと近づくと「御免」と断りを入れてザルバの後頭部にチョップをお見舞いした。


 すると、ザルバは「うぅ……」とうめき声を上げると後頭部を押さえてその場に蹲る。


 そして、しばらく蹲ったあと立ち上がって執事を見やった。


「こうなった以上ウィレムを城に連れ戻すほかないっ!!」


 正気を取り戻したザルバは執事を見やった。


 どうやら元に戻ったようである。執事はほっと胸をなで下ろすとザルバを見やる。


「そのようにされるのがよろしいかと。殿下はまだ世間を知らない青年です。逃走と言ってもそう簡単に国外に出ることも叶いますまい」

「が、どうやって探すつもりだ? このことが国内や他家に知れ渡ってしまえば国王としての統治能力を疑われる。そうなるとこの王位を狙う弟たちにつけいる隙を与えることになる」

「ですな、秘密裏に探し出すのがよろしいかと」

「どのようにやるのだ?」


 もちろん執事もそのことは重々承知の上である。


 ルワンの死で王家はざわつき始めている。それに加えて第一王子のウィレムまで逃走したとなると国民からの不信感が募ることになり、それを見た他の王家たちにつけいる隙を与えることとなる。


「あれを招集するしかないのでは?」


 国王も執事も頭に浮かんだものは同じだった。


 が、そのわかりきっていた執事の言葉に国王は難色を示す。


「できればあれを呼ぶのは避けたいのだが……」

「ですがあれ以外に秘密裏に全てを解決させる組織を私は知りません」

「そんなことは百も承知だっ!! が、あれは金食い虫だ。あんなのに頼っていたらどれだけ国家予算があっても破綻するっ!!」

「陛下、よくお考えくださいっ!! 陛下のこれまでなさったことが明るみに出れば、王位は愚か他の王家に糾弾されて矢面に立たされることは避けられません。一秒でも早く事態を収拾することを最優先でお考えになられるべきです」

「だが……………」

「一〇年前に王妃に退場いただいたときもあれの力を頼らなかった故に、後始末に大変苦労いたしました。そのことを陛下はお忘れですか?」

「…………」


 国王は頭を悩ませる。


 執事の口にした王妃の退場とはウィレムの母を殺害したときのことだ。


 あのときザルバはあれに支払う金をケチって内々で処理をしたせいで、余計な口封じに手を焼いたのだ。


 もちろんあのときは秘密を隠しきることはできたが、今回も秘密を守れる保証などなかった。


 何か他によい策はないのか? 頭をフル回転にしてあれに頼らない道を考えてみるが、それらの策にはどれにもリスクがあった。


 腹を決めるしかなさそうだ。


「わ、わかった……。すぐにあれを呼べっ!!」


 と、国王が口にした瞬間、あれはやってきた。


「陛下、お招きいただき光栄ですわ」


 そんな声が執務室に響き、国王と執事は同時に声のした方へと顔を向ける。


 すると、いつの間に現れたのだろうか執務室の端で腕を組む、漆黒のドレスを身に纏った女が立っていた。


 突然現れたグラマラスな美女に、国王は思わず目を奪われてしまう。


 大きな胸と括れた腰、スリットの入ったスカートからわずかに顔を覗かせる白い肌は、国王がこれまで見てきたどの踊り子よりも艶やかで魅力的だった。


 後ろで束ねた艶やかな黒髪を揺らしながら、彼女は執務机の前まで歩いてくる。


「陛下、お久しぶりにございます」


 そう挨拶をして彼女はわずかに膝を曲げた。


 そんな彼女に目を奪われていたザルバだったが、彼女の本性を思い出して頭を抱える。


 彼女の美しさはまやかしである。この美しさに惑わされて現を抜かしていると国が傾きかけないのだ。


「シルク……久しぶりだな。できれば貴様の手を借りたくはなかったのだが……」


 これがザルバの偽らざる気持ちである。


「まあ陛下ったら、酷い言いようですね。確かに私たちは安くはありませんが、この王国で誰よりも頼れる女だという自負はありますわ」


 国王に対して発せられたとは思えないほどの不躾な言葉であるが、そんなシルクの口調をザルバは咎める様子はない。


「どうせ盗み聞きをして事情を知っているのだろう。貴様らルスタファならば今回の依頼にどれほどの時間がかかる?」


 ルスタファとはシルクが束ねる組織の名前である。


 この組織を一言で言えばマフィアのようなものである。暗殺から情報収集などの諜報活動、さらには国民の扇動に至るまで、決して表にできないような汚れ仕事をなんでも引き受ける実力組織。


 少なくともザルバは彼女たちルスタファ以上に信頼のおける組織を知らない。


 その小生意気な態度や、法外な報酬を要求してくるところは気に食わないが、ザルバにとってもっとも信頼のできる組織であることは間違いない。


 おそらく彼女に依頼をすれば間違いなくザルバの満足する回答を用意するだろう。


「家出中の一六歳の少年を家に帰せばいいのですね?」

「簡単に言ってくれるな。この広い王国のどこにいるかもわからない少年を秘密裏にこの城につれて帰ってこい」

「生死は?」

「死なれては困る。が、五体満足である必要はない。やれるか?」

「逆にやれないとでもお思いに?」


 いちいち腹が立つ物言いだ。


 が、リクテン王国軍が総出になっても彼女たちを捕まえることは不可能だ。


 何せザルバには彼女のアジトはおろか、彼女たちが何人で行動をしているのかも知らないのだから。


 彼女たちもバカではない。王国は彼女たちのお得意先であるし、お互いに必要があれば利用する。


 一線を越えなければお互いにとって不利益のない存在なのだ。


「で、いかがいたしますか? 我々ルスタファにご依頼いただけるのかしら?」

「背に腹は代えられん。言って置くが今回の依頼だけは何があっても他の王家にバレるわけにいかないのだ。わかったな?」

「もちろんです。詳しい報酬については追って連絡差し上げますわ。それではさっそく仕事に取りかかりますので私はこれで」


 そう言って彼女は再び軽く膝を曲げると音もなくその場から消えた。


 比喩でもなんでもなくその場からいなくなった。


「はぁ……本当に面倒なことになった……」


 ザルバはシルクのいなくなった執務室で再び頭を抱えるのだった。

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