第5話 初っぱなからピンチ
めっちゃ寝た。
俺、こんなに寝れるんだって感心できるほどに寝た。
どれぐらい寝たかというと、早朝に宿に入ってそのままベッドにダイブしたまま気を失って目を覚ましたら既に太陽が空の真上に鎮座していた。
あー俺昼間で寝てたんだなって思って宿屋のロビーに行ったら宿泊費の請求をされた。
「ん? 金なら入るときに払っただろ?」
と尋ね返したら二日目の宿泊費をまだ貰っていないと言われて、その時自分が丸一日以上睡眠していたことに気がついた。
どうやら緊張状態から宿屋に入って一気に安心したせいで、副交感神経が暴走したようだ。
まあ現状俺は捕まってもいなければ殺されてもいないから結果往来か……。
これからどうなるかはわからないけれど、今のところは無事であることに安心した俺は宿屋のおっさんに追加料金を支払って宿屋を出た。
さて、とりあえずどうしようか……。
昨日たどり着いたときは違い、王国民で賑わうレクタの街を眺めながら俺はふと思う。
なにやらさっきから王国民の視線を感じる。
いや、なんでだ? まさか第一王子だとバレているんじゃ……。
そんなことを思ったが、すぐにそれを否定する。
いやいやそれはない。何せ俺は父が存命中の時に何度か遊説に出かけたっきり王国民に顔を見られたことがないはずだ。
そりゃ王都リクテリアの商人や役人の中には俺の顔を知っている奴もいるとは思うけれど、少なくともこんな小さな街の王国民全員が俺の顔を知っているとは思えない。
が、あきらかにレクタの住民たちはなにやら奇異の目で俺を見ている。
そんな状況にしばらく唖然としていた俺だったが、すぐにその原因に気がついた。
あぁ……もしかして洋服のせいか?
自分の洋服を見やる。俺は普段着の絹製のスラックスとワイシャツを身につけていた。
前世の世界だったらクールビズ中のサラリーマンみたいな格好で特に目立たないが、多くの人間がおそらく麻製の粗末な洋服を着ている中でこの格好は目立つかも知れない。
逃げることに必死だったけど、この悪目立ちは非常にマズい。
ということで俺は街を歩いて適当な洋服店を見つけると「おっさん、庶民っぽい服をくれ」と後で考えるととんでもなく危険な発言をして、それっぽい服を見繕って貰った。
よし、このゴワゴワとした着心地最悪な感じも、この薄茶色の高貴さのこれっぽっちもない色合いも完璧だ。
庶民服を身に纏い、予想通り住民たちから奇異の目を向けられなくなり安心して再びレクタの街を歩いていた俺は次の行動を考える。
さっき地図で改めて確認したが、ガダイまでは俺の足でも一週間近くはかかるだろう。
ずっと全速力で駆ければ二、三日で着きそうだけど、さすがにそこまではスタミナが持たないので、姿を隠しつつちょっとずつガダイに向かう必要がありそうだ。
そうなると宿屋や、それまでの宿泊代なんかもかかってくる。
ルル先生から餞別は貰っているけれど、これだけで海を渡るには少々心許ない。
そこでですよっ!! そのために俺は城内から貴金属や骨董品を集めてリュックに詰め込んだのだ。
こいつを現金化すりゃ、悠々自適な生活が送れるっ!!
まあ明らかに高価な貴金属を一気に質屋で現金化するのは怪しまれるだろうから、ちびちびと売って必要な分を現金化して旅の資金にしよう。
ということで、俺は目についた質屋へと入ることにしたのだけど……。
「ああ? 売る物がないならとっとと出て行っていくれねえか? こちとら仕事で忙しいんだよっ!!」
あ、俺……終わったわ……。
嬉々として質屋へと入った俺だったが、リュックの中身を確認してその場に崩れおちた。
う、嘘だろ……。
俺が一生懸命リュックに詰め込んだ貴金属や骨董品は石になっていました……。
いや、なんでっ!!
「で、売るの? 売らないの?」
イライラしながらカウンターで頬杖をつくおっさんを目の前に俺はパニックになりながらリュックを漁る。
「お、おっちゃんっ!! 違うんだよっ!! さっきまでこのリュックの中に金銀財宝が山ほどだなぁっ!!」
「過去の話なんてどうでもいいんだよっ!! 言っておくが、その石ころには値段は付けられねえぞっ!! 冷やかしならとっとと帰れっ!!」
自分、泣いてもいいっすか……。
確かに宿に入るまではリュックの中には金銀財宝がわんさか入っていた。
なんなら寝る前にも確認したさ。が、今、俺のリュックの中はその辺に落ちてそうな石ころでいっぱいです……。
盗まれた……。
その錬金術の逆再生のような光景を見た俺はようやく自分に身に起きた事態を理解した。
と、なると犯人は宿屋のおっさんか? それとも宿に忍び込んだ泥棒か?
「おいっ!! なんども言わせるなっ!! 売り物があんのか? ないのか? ないんなら目障りだからとっとと帰れっ!!」
「え? あ、売りますっ!! 売りますからちょっと待っててっ!!」
ということで、俺はとりあえずさっきまで身につけていた絹の洋服をおっさんに手渡すと、最低限の現金化を終えて質屋を後にした。
あぁ……終わった……完全に終わったわ……。
途方に暮れながらとぼとぼとレクタの街を徘徊する。
あ、質屋を出た後、俺はその足で宿屋に戻って宿屋のおっさんに荷物が盗まれたことを訴えた。
まあ予想通りだが宿屋のおっさんからは『そんなこと知らねえよっ!!』の一言で片付けられた。
その後も食い下がっていると『文句があんなら保安官を呼んでもいいんだぞ?』と言われてビビって宿屋を後にしました。
だっさ……俺……。
逃亡の身であるため保安官に白黒つけてもらうわけにもいかないので泣き寝入りするしかない……。
これは本格的にヤバい。海外逃亡どころの話じゃなくなってきた……。
あ、ちなみにルル先生から貰った現金は懐に入れたまま眠っていたのでなんとか無事でした。
ということで、頭がぼーっとしながら街を徘徊していた俺はふととある建物の前で足を止める。
「冒険者ギルド……」
看板にはそう書かれていた。
冒険者ギルドとはゲームとかでよく見るあの冒険者ギルドだろうか……。
となると、ここに入れば金を稼ぐことができるのでは?
いや、でも身分証明とか求められたら結構面倒だよな。いや、結構どころじゃなくめんどうだよな……。
が、まあとりあえずは話だけでも聞いてみるか……。
ということで、俺は人生で初めて冒険者ギルドに入ることにした。
※ ※ ※
リクテリア国王ザルバ四世は頭を抱えていた。
「終わった……完全に詰んだ……」
執務室に座ってもう五時間近く経つが国王には最適解が出せないでいた。
もちろん愛する息子ルワンの死は辛い。が、それ以上にこれから先の展望が見えないことに国王は苦しんでいる。
これまでは順調だったのだ。
邪魔な第一王子ウィレムを孤立させて、第二王子のルワンに権力を移譲させる。
そして、邪魔になったところで毒でも盛ってウィレムを殺して晴れてルワンが次期国王に即位する。
完璧だった。これで兄家族の痕跡を完全に消し去り、自分たち家族がクリード家本家としてリクテン王国を統治していく。
完璧な筋書きだった。
が、ルワンは突然死んだ。たったそれだけでザルバの計画は完全に破綻した。
「陛下、どうかお気を確かに。きっと正しき道がございます。諦めてはなりません」
そんな執事の無責任な言葉はザルバをさらに苛立たせる。
「諦めるなだと? ならば貴様はこの絶望的な状況を打開できる策でも持っているのか?」
「い、いえ……それはその……」
「何も策がないのなら黙っておれっ!! この愚鈍がっ!!」
「失礼いたしました……」
再びザルバは頭を抱える。
ルワンの死はザルバにとっては深刻な問題だった。
ザルバには一人の息子と二人の娘がいた。一人の息子というのは死んだルワンのことで彼は第二王子である。そして、娘二人は長女から第一王女、第二王女の順番である。
とりあえずウィレムを無視して考えればルワンが死んだ今、皇位継承の順位は第一王女へと移動する。
ならばなんの問題もないのでは? このままルワンにやらせたことを長女であるフレアにやらせれば全て解決するのではないか?
そう思われるかも知れないが事態はそう簡単ではない。
というのもクリード王家の当主となりリクテン王国を統治する者は男系でなければならないと王国法に定められている。
つまりは父を辿ればクリード家の創設者リヒト一世にたどり着く者しか王位に就くことができないのだ。
もちろんフレアは男系である。何せ彼女はザルバの娘なのだから。
が、フレアの息子が仮に誕生した場合は、その息子には王位の継承権はないのだ。
なぜならばフレアの息子は女系であるからだ。
これが何を意味するのか。それはフレアの次の国王をザルバ以外の家族から選出する必要があるということだ。
ちなみに側室との子どもには王位継承権はない。
このままだとフレアの次の王子はウィレムの息子ということになる。
いや、ウィレムを幽閉して子どもを産ませなければそうはならないのだが、その場合はザルバの弟一家から男系家族を次期国王として選ばなくてはならなくなる。
ザルバにはそれを許容することができなかった。
それはザルバ一家が今後も国王を輩出していきたいというプライドか?
いや、その程度であれば許容はできる。問題は弟一家が城を我が物顔で闊歩し始めてしまうことだ。
ザルバは既に数多くの不正に手を染めている。
手始めに税の着服。ザルバは役人に賄賂を送り、架空の公共事業をでっちあげて予算を計上し、私腹を肥やしている。
当然ながら大臣などにも賄賂を支払い口裏を合わせているが、次期王家であることを盾に弟一家が城にやってくると面倒なことになる。
ザルバがそうであったように、弟一家もまた王位を虎視眈々と狙っているのだ。
彼らがザルバの不正を見つけようものなら、ザルバ一家の悪事は暴かれお家取り潰し、ならまだマシな方で、最悪は国民を裏切ったとして刑場の露と消える可能性もある。
何がなんでもそれだけは避けなければならない。
そうなると、ザルバの取るべき選択肢は限られてくるのだ……。
「ウィレムさまを即位させるしかないのでは?」
執事はそう呟いた。
そんな言葉にザルバは下唇を噛みしめる。
今のザルバに力加減などできるはずがなかった。彼の歯は下唇の薄い皮膚を突き破り血が滲む。
が、どれほど悔やんだところでザルバにはそれ以上の答えは見つけられなかった。
ウィレムに即位をさせる。それが今のザルバに思いつく最もベターな結論だ。
「ウィレムさまに即位していただき、フレアさまとご結婚いただく。これが今のザルバさまにとって最もマシなシナリオかと」
ザルバは執事を睨んだ。
が、睨むことはできても反論の言葉は出てこず、ただただ睨みつけることしかできない。
「大変不幸なことではございますが、ウィレムさまは先代国王陛下の唯一の肉親にございます。ウィレムさまさえ操ることができれば大きな問題は起きないでしょう。フレアさまとご結婚いただければ、ザルバさまの邪魔をする者は現れません」
もしもウィレムがフレアと結婚し王位に就けば、ザルバはウィレムの義父となる。
そしてウィレムの両親はすでに他界をしているのだ。
こうすれば弟家族が城に取り入る隙を排除することができる。ウィレムとフレアから生まれた子どもも当然男系となり、実質的にはザルバたち家族が王位を独占することができる。
幸いなことにザルバはウィレムから教育の機会を奪い取った。
ウィレムの母親はザルバにとっては目の上のたんこぶだったが、それも遅効性の毒を使用し病死を装うことで問題なく排除できた。
そしてザルバの母の殺害に関与した者たちは既に全員始末している。
おそらくウィレムが王位に就いたとしても、彼の母の死の真実にはたどり着かないだろう。
それに帝王学を学んでいない無能な青年であれば、ザルバの不正にメスを入れる勇気も知恵もないだろう。
はっきり言ってウィレムに王位を継がせるのが最も丸く収まるのだ。
が、その決断はザルバにこの上ない屈辱を強いることになる。
「陛下、選択の余地はございません。ウィレムさまを王位に……」
「わかっておるっ!! そうせねばならぬことぐらい遠の昔にわかっておるっ!!」
ザルバはそう言ってしばらく黙り込んだ。
が、不意に決断したように執事を見やると「ウィレムをここに連れてこい」と命じた。
「かしこまりました」
執事は一礼すると部屋を後にする。
ザルバがウィレムの失踪を知ったのはそれから程なくしてのことだった。
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