第4話 脱出と晴天の霹靂
ルル先生のゴーサインが出た。
よしっ!! これで俺は先生お墨付きの最強の魔術師だっ!! どんな敵に襲われたって一撃で返り討ちにしてやんよっ!!
と前向きになれるほど俺はポジティブな人間じゃないっす……。
怖い……正直なところめちゃくちゃ怖い。
なにせ俺はこれまでルル先生としか戦ったことがないのだ。
もちろんルル先生が強いことは知っているよ。だけど、ルル先生は彼女曰く肉体的にも魔力的にも全盛期と比べれば衰えがきているらしく、王国には先生よりも強い人間が山ほどいるんだって……。
今の俺はそんな衰えた先生に奇跡的に一度だけ模擬試合で勝ったレベルの実力だ。
もしも俺を暗殺するとなればそれ相応の実力者が襲いかかってくるだろうし、そんな相手に俺が勝てるというビジョンが一切見えない。
先生に一度俺の実力の相対的評価を聞いたことがある。
その時の先生の反応は『実力は並レベルかと。もしかしてご自身が最強とでも勘違いされているのですか?』と返された。
はっきり言って俺には並がどの程度のレベルかすらわからないのだ。
そんな状態で明日から自由に生きてくださいと言われても恐怖しかない。
この世界においては世間知らずもいいところの並の実力しか持たない俺がどうやって生きて行けばいいのだろうか。
が、城内ではいよいよ俺が邪魔者になってきていることにも薄々感づいている。
国王も最近は政務の一部をルワンに任せているようだし、国王の五五歳という年齢から考えるにルワンに王位を移譲する日もそう遠くはなさそうだ。
まあ第一王子は俺なんだけどね。
そうなるとそろそろ俺が生きていることは国王にとって本当に不都合になってくる。
ルル先生もそれを知って俺にゴーサインを出したのだろう。
今回のゴーサインは決して俺の実力を認めたからではない。
自分の能力に慢心して胡座をかいていたら殺されるな……。
そんなある日、ルル先生は俺の前に現れて相変わらずの無表情でこう告げた。
「いつまで城に寄生するつもりですか? 目障りですのでさっさと私の前から消えてください。寄生虫さま」
要するに城にいては危険だから早く出て行けというルル先生なりのアドバイスだ。
にしても、ちょっと辛辣すぎやしませんかねぇ……。
が、先生の言葉は正しい。
城にいても危険しかない。だから俺には城から逃走するしか道はないのだ。
先生に尻を叩かれた俺は慌てて荷物をまとめて、その日の夜に出発をすることとなったのだが。
「ルル先生はついてきてくれないのか?」
なんとなくだが逃走するときは、ルル先生がボディガードとしてついてきてくれるものだと思っていた……のだが。
「私はウィレムさまをそのような甘えん坊に育てたつもりはありません。ご自分の身はご自身でお守りください」
と、あっさりと同行を拒否された。
なんでも彼女は城に残り国王の動きをつど俺に報告してくれるらしい。
どうやって報告するの? って思わなくもなかったが先生がそう言うのだからできるのだろう。
それでも不安だった俺は何度か「やっぱりついて来てくれない?」と頼んだから「殺しますよ?」と懐からナイフを出してきた。
こっわ……。
ということで俺はルル先生にこれまで鍛えてくれたことや守ってくれたことの感謝を告げて城を飛び出した。
先生は最後まで無表情だったが、出発の直前には無表情のままぎゅっと一度ハグをしてくれた。
本当にルル先生には感謝の言葉しか出てこない。
これまでなんの見返りもなく……どころか大きなリスクを背負ってまで、軟弱なガキを鍛えて守ってくれたのだから。
先生が最後に口にした『死んでも生き残ってください』という自己矛盾した言葉を胸に逃走を開始する。
城から出るのは簡単だった。
何せ俺はこの一〇年間、鍛錬のために毎晩のように城から出ていたからな。
慣れた動きで寝室の窓から数十メートル先の城壁へと飛び移ると、そこから丘を駆け下りて体力の続く限り必死に西へと駆けた。
目指すのはガダイという港町だ。
リクテン王国は巨大な島国である。城から出るためには海を渡る必要がある。
ルル先生から海を渡る魔術なんて教わっていないので、海を渡るためには船に乗る必要があるのだが、これがなかなか一筋縄ではいかないのだ。
というのもリクテン王国最大の港町は王都であるここリクテリアである。
海外に移動するためにはここで船に乗るのが最も簡単なのだが、知っての通り俺はこのリクテン王国の第一王子だ。
リクテリアには俺の顔を知っている人間もいるかもしれないし、なにより城に近すぎて追っ手がすぐにたどり着いてしまう。
が、ルル先生曰く海外への定期便が出ているのはこのリクテリアとガダイの二カ所しかないそうで、ガダイを目指すこととなった。
のだがこのガダイはリクテン王国の東端にあるリクテリアから最も離れた最西端の港町である。
リクテン王国の正確な広さはわからないが、この世界の距離の単位をなんとなくメートルに直して計算をした限り、だいたい青森から山口ぐらいの距離がありそうで泣きそうになった。
が、さすがにこの王国に止まるのは危険すぎる。
最低でも王国の力の及ばない海外に逃げ出さないといつかは捕らえられて秘密裏に殺されるだろう。
とりあえず山へと入った俺は力の限り全速力をして城から離れることにした。
そして、夜が明ける頃には山を抜けてレクタという名の内陸の街へとたどり着く。
あぁ……死ぬ……走りすぎて死ぬ……。
へとへとになりながら街へと入ると眼前にはレクタの石造りの町並みとその奥に登り始めた朝日が見えた。
そんな朝日の美しさにしばらく足を止めていた俺だが、すぐに我に返りとぼとぼと石畳の大通りを歩いて行く。
さて、今の俺がやるべきこと……それは休息だ。
ということでルル先生から餞別として貰った現金を手に近くの宿屋へと入ることにした。
※ ※ ※
ウィレムの失踪が判明したのは彼が逃げた翌々日の夕方のことだった。
なにせウィレムは毎晩のように鍛錬に出かけて、明け方に部屋に戻り昼間まで眠っているのだ。
城内の使用人たちの多くは彼が昼まで部屋を出てこないことを熟知していたし、朝食を食べに来ないウィレムのことを不思議がる人間は屋敷内にはいなかった。
それがウィレムの発見を遅らせた……のだが、いくら昼夜が逆転しているウィレムとて夕方になれば飯を食うし日が変わる頃には夜食を食べに来る。
いつもならば失踪翌日の夕方には不審に思った使用人たちが彼の様子を見に来ていただろう。
にもかかわらずウィレムの失踪に二日もかかった。
それはどうしてか?
それは使用人たちには形だけの第一王子であるウィレムの所在など、クソほどどうでもいいレベルの災難に見舞われていたからだ。
端的に言えばウィレムが逃走した翌朝、ルワンがベッドの中で冷たくなっているのが発見されたからだ。
ルワンは国王ザルバ四世の嫡男であり、リクテン王国の第二王子である。
リクテン王国にとっては第二王子の死よりも第一王子の失踪の方が大きな事件のように感じられるが、さっきも言ったがウィレムは形式上の第一王子だ。
実質的な第一王子はこの死亡したルワンであり、リクテン王国にとっては王家を揺るがすレベルの大事件である。
「ぬおおおおおおっ!! どうしてだっ!! どうして我が息子がこのような目にっ!!」
城の医務室には王都リクテリア中から集められた医者と看護師、さらには複数の使用人と国王ザルバ四世ですし詰め状態となっていた。
が、ザルバ四世はこのすし詰め状態を気にすることなく、ベッドの上で冷たくなった息子を眺めながら絶叫をくり返す。
が、しばらく冷たくなった息子の体を揺すったところで、今度は近くにいた医者の肩を掴んで医者を揺する。
「どうしてだっ!! まだ一七歳だぞっ!! なぜこのような若者が突然命を落とすのだっ!? 毒でも盛られたのかっ!? それとも寝込みを襲われたかっ!?」
体を揺すられて眼鏡がずれた医者は落ち着いて眼鏡を戻すと口を開く。
「過労ですな……」
その言葉にザルバの動きがピタリと止まる。
そして首を傾げると「過労……だと?」と医者に尋ね返した。
「見たところ死因は心臓が止まったことです。体内から毒のようなものは検出されませんでしたし、考えられるとすれば何かしらの強いストレスによる心臓発作にございます」
そう淡々と答える医者の言葉にザルバはあんぐりと口を開く。
「ルワンが過労でくたばったというのか? いや、そんなはずはない。確かに最近では政務の一部をルワンに任せていたが、それはごく一部だ。決して過労で死ぬようなレベルではない」
「ですが殿下は持病のようなものもなく、使用人の方々から聞いたことから判断するに過労以外考えられないかと」
「ふざけるなっ!! そんなことがあってたまるかっ!!」
ザルバはツバをまき散らしながら叫ぶと、今度は使用人へと顔を向ける。
彼が視線を向けた先には初老の使用人が立っていた。
「お主はずっとルワンの側にいたはずだ。ルワンはこの程度の仕事で過労死するほどの無能に貴様の目には映ったか?」
「陛下、落ち着いてお聞きください……」
額の汗をハンカチで拭いながら執事は話し始める。
「ルワンさまは陛下からの期待を裏切ることを恐れておられました。殿下はまだ政務に就かれたばかりで、一つ一つの政務にお時間を要しました。その結果、ここ一年ほど殿下は睡眠時間を犠牲にして一生懸命政務をこなしてきたのです」
「な、なんだと? あの程度の仕事をするのに寝る間も惜しんでいたというのか? どうして、そのような重要なことを私に伝えないっ!!」
「殿下から口止めをされておりました。殿下は陛下から見損なわれてしまうのではないかと恐れておられました」
「………………」
ザルバはその事実に絶句せざるを得ない。
ザルバにとってルワンに振った仕事などちょっとした雑務程度のことである。この程度の雑務に丸一日を要したことを生前に知っていたら、彼はきっとルワンを見損なっていただろう。
が、ザルバには自分の息子がそこまでの無能であることを受け入れられない。
慌てて他の使用人や大臣に視線を向けてみるが、彼らはみな一様に国王から目線を逸らした。
そんな彼らを見て理解する。
おそらくこの執事が嘘を吐いていないと言うことに……。
そのことに気がついた王子は二、三歩ふらふらと医務室を歩くとその場に崩れ落ちた。
「うおおおおおおおおおおっ!! なんということだああああああああっ!!」
が、このとき国王はまだ知らなかった。
息子の死を受け入れることができないあまりに、そこまで思考が追いつかなかった。
第二王子が死んだ結果、どうあがいてもザルバにはウィレムに王位を譲る以外の選択肢がなくなってしまったことに。
――――――
次話ではウィレム君の逃走先の出来事と、ザルバがウィレム君に王位を譲るしかない理由の説明ができれば。
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