第54話 妖精の騎士団

「じゃぁ、さっきの雷撃はお母上が魔獣退治をしていたって事なのね」

「出迎えに来なかった事を考えると、恐らく小規模な魔獣暴走が発生していたんだと思うよ」


小規模な魔獣暴走はこの辺りでは珍しい事ではないので、森に雷撃が落ちても誰一人慌てていなかったのである。その慣れもどうかと思うんだけどね。


両親の詳しい事情は入学前に知ったのだが、自分の母が騎士団を率いて魔獣討伐をしているとは思わなかった。母が率いる騎士団は『妖精の騎士団』と呼ばれていて、殆どが結婚や出産で王宮勤めを辞めた女性騎士だ。


女性騎士の再就職先として人気が高く、希望者を可能な限り受け入れた事で更に話題を呼び、そのうち任務に当たる女性騎士の代わりに育児や家事を請け負う元・女性文官や王宮女官が加わって更に入団希望者が増え、人数が増えた事で人員に余裕ができて休みの取得もしやすくなり、結果的に子供の人数が増えつつあるらしい。


中には夫を早くに亡くしたご婦人も居るのだが領地に住む男性と再婚する率が高く、それを聞いた男性移民も増えつつあるようだ。


ただし、こちらは女性陣と古くから住む親方衆の厳しいチェックが入り、合格した者だけが領民として受け入れられている。


「何だか凄いのね…昔からそうだったの?」

「いや、それがそうでもないんだよね」


そう。今の女性騎士団の環境が整ったのはつい最近の話だ。


俺が産まれてから母は剣を握ることは無かったが、騎士だった頃の経験を活かして領地の運営に携わっていたのだが、魔獣の活性化と人手不足に悩んでいた。


そんなある日、騎士時代の同僚達を招いてのお茶会が開かれた。俺もその場に同席していたのだが、元同僚というのもあって話は領地の騎士不足の話になった所で、夫を早くに亡くした婦人がこんな事を呟いた。


「私が騎士に戻れたなら、エリザの元で腕を奮うのに…」

「本当に。今でも気分転換に剣を振る事もありますけれど、夫相手では手応えがなくって」

「そうねぇ。息子に剣の手ほどきをするのたけれど、夫に似たのか腕がからっきしなのよ」

「家の娘は『騎士になってもすぐにやめなければならないからやりません』なんて言うのよ?剣の腕は良いのに勿体ない」


母の隣でそんな話を聞いていた時に、ふと口に出してしまったのだ。


「それなら、再び騎士になったら良いのではありませんか?」


…と。しかし、


「女性騎士は結婚をしたら辞めるのが当たり前のことなの。それに、戻ろうとしても受け入れ先が無いのよ」


そんな風に、少し寂しそうに教えてくれた。


「それは、法律で決まっているのですか?」

「いいえ、そんな事はありませんよ」

「でしたら、お母様が騎士団を作ってお雇いになったらどうですか?」

「えっ?」


俺の言葉で、皆の目が一斉にこちらを向いた。ご婦人方の眼差しにちょっと漏れそうになりつつ、俺の考えを話す。


「ですから、騎士を辞めた方達で女性騎士団を作るんです。だって、働きたいのに働く場所がないのでしょ?だったら作ってしまえば良いのではないですか?」

「アーシェちゃん…もし、作るとして家や子供達の事はどうするの?」

「そうですねぇ…結婚したら仕事を辞めるのは騎士だけですか?」

「いいえ、文官や女官もそうね」

「でしたら、そういった方達を雇って助けてもらったらどうですか?」

「人が少ないうちは難しいかもしれませんが、人が増えたら交代で3日勤務にすればご家族の負担も少ないでしょうし、文官や女官の方に教師をお願いして、学院のように皆で学べれば競う相手が出来て子供達も勉強のやる気に繋がるのではと。それに、働く意欲も奮える腕もあるのに、家に篭っているなんて勿体な…」

「アーシェちゃん!!!!」

「ひゃいっっっ」


母が両肩をガシッと掴んでくる。あまりの迫力で、余計な事を話しすぎたかと涙目になっていたら


「確かに…ねぇ、エリザ。私を雇ってくれない?」

「ルイーズ、本気なの?」

「えぇ。アシェラッド様の案は素晴らしいわ。それに、他の騎士仲間にだって働きたいと思う者は多いはずよ。もちろん、家の事や片付けなければいけない問題は多いけれど…実現したらフォーサイスの領地にとっても良い事ではないかしら?」

「…そうね、確かに今は一人でも多くの騎士が欲しいのは確かだわ。それにアーシェちゃんの案…これはイケるかもしれないわね」


母の目がギラリと光る。


そこからの母は凄かった。持てるツテを総動員し、およそ一週間で稼働に至るまで推し進めてしまった。見た目は儚く物静かな女性だけど、どうやら俺は封じられた扉を開いてしまったようだ。


こうして、フォーサイス領に国内初の結婚後も続けられる女性騎士団が誕生したのだった。

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