第53話 どこの世界も母は強いらしい

王都を出てから三日、ようやく領地に入った。領地と言ってもそれほど広くはないので、2〜3時間すれば到着するだろう。


フォーサイス領は少々特殊な領地で、『ヴィジスト大森林』と呼ばれる広大な森を北の守護伯と共同管理している。守護伯領は森の反対側にあるので、森を挟むような形だ。


この森は別名『惑いの森』とも呼ばれ、領都を繋ぐ森の中の街道を外れると二度と森から出られなくなる。これは揶揄でも何でもなく、濃厚な魔力によって方向が狂わされ、知らぬ間に森の奥地へ足を踏み入れてしまうからだ。


父が領地をここに貰ったのもこの森があったからなのだが、理由は追々。


「ここは他の土地と何だか雰囲気が違うわね」

「そう?他の街みたいに広い土地がないからね〜」

「あら、言われてみればそうね!木々の間に家がポツポツと建っていて…じゃなくて!この先からとても濃厚な魔力を感じるわ」

「さすが、聖女様ですね。この魔力を感じ取れる者はそうおりませんよ」

「わぁ、凄いなぁ」

「…それ本当に思ってる?」

「ウン、オモッテルヨー」

「もぅ!絶対思ってないでしょー!」

「はははっ、二人は本当に仲が良いんだね」


俺の秘密を知る数少ないヒト?だし、同年代でここまで気安く話せるのは初めてかもしれないな。リュリーナ達ともこれくらい打ち解けられると良いんだけど、どうしても前世の俺が人付き合いを拒否するんだよね。


やがて馬車は賑わう街を抜けて領主の館に到着した。見た目は貴族の屋敷と言うより砦のような雰囲気だが、事実ここは砦でもあるのだ。


「随分と物々しいのね?そこまで詳しくないのだけど、この館が他とは大きく違うのはわかるわ」

「そりゃ、ここは砦だからね〜」

「砦?どうして?」

「まぁ、すぐに分かるよ」


馬車を降りると、砦の中から執事服の男性と数人の騎士がやってきた。この館を纏める執事のケイブと、森の守護騎士達だ。


「遠路はるばるようこそお越しくださいました。私はこの館を取り纏めております、ケイブと申します。ご用命がありましたら何なりとお申し付け下さい」

「よろしくね、ケイブ。それと私はアーシェの友人として来ているし堅苦しいのは苦手なの。アムディナと呼んでちょうだい」


この中で一番位の高いアムディナに執事長ケイブが挨拶をしている。本来なら館の女主人である母が出迎える筈だが…どうしたんだろう?


「お帰りなさいませ、旦那様、アルフレート様、アシェラッドお嬢様」

「うん、出迎えご苦労。ところで、エリザはどうしたんだい?」

「は、それが―」


ケイブが口を開こうとしたその時だった。


バリバリバリバリーーーーーッッッ


森の方から大きな雷撃の音が聞こえてきた。ティアがびっくりして俺の腕にしがみつくが、他のものは平然と荷物を運び入れている。


「なるほど、もうすぐ戻ってきそうだね。アーシェ、聖女様は長旅でお疲れだろうし、先にお部屋へ案内して差し上げなさい」

「はい、お父様」

「えっ、待って、今の何?!」

「雷撃だよ?」

「それは分かってるわよ!何で雷撃が―」

「まぁまぁ、まずは部屋へ行こうか」

「ちょっと!」


何やら煩いディーナを引きずって部屋へと連れて行く。客室にティアを放り込むと、侍女にお茶を持ってくるよう頼んでからテーブルの周囲に遮音結界を張っておいた。


「ねぇ、さっきのって一体何なの?」

「あれはね、母の魔法」

「はぁ?!」


そう、先程の雷撃は母が放った魔法だ。この砦に常駐する者はすべてが戦闘術を持っている。これも、フォーサイス領ならではだ。


「あの森、魔力すごいでしょ?」

「え?えぇ。それでも淀んではいないのね」

「うん。森の中に聖域があって、神獣が住んでるらしいよ」

「あら、そうなのね」

「聖域はほんの一部なんだけど、その魔力に引き寄せられて色んな魔物が集まってるんだよね」

「あぁ、そうよね。魔力を持つ獣は魔力のある土地に引き寄せられるから…」


魔力を持つ獣…魔獣は、魔力の多い地で生まれる。その仕組みは解っていないが、魔力の多い土地で魔力を含んだモノを餌にしていた結果、体内に魔石が発生して魔獣になるのではないか?というのが研究者の見解だ。


大森林には強力な魔力発生スポットがあるので、魔獣が発生しやすいのと濃い魔力に引き寄せられて獣が集まりやすくなっているのだ。そして、困った事にそうした魔獣は度々森の外へ出て近隣に重大な被害を与える。


更に困るのが、聖域から離れた場所に魔獣が集まると魔力が淀み、穢れた力…瘴気が発生してしまう。瘴気は魔獣や獣、ヒトや植物を狂わせて集団大暴走を引き起こす原因にもなる。


森の中は聖域が近いこともあって、魔獣が集まっても瘴気が発生することはないのだ。


「なので、この森から魔獣が溢れないようにウチと守護伯で抑え込んでるってワケ」

「なるほどねぇ…」

「父は王宮で魔導士団長をしているから、母がこの領地で騎士達を率いてるんだ」

「貴女のお母様って何者なの?」

「元、王太子妃付き近衛騎士」

「えっ」

「魔法剣士のスキル持ちで、氷と雷撃を剣に纏わせて戦うのが得意なの」

「…」

「付いた二つ名は『氷雷の女帝』」

「何それ格好いい…」


ドレスを纏った母からは全く想像がつかないのだが、父曰く『とんでもなく強い』らしい。俺もその姿は見せてもらっていないが、あの雷撃から察するに相当強いのは間違いない。


母の勇姿、見てみたいな〜。

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