第47話 消された記憶

私の名はグレイシア・ジュード・ウヌ・ウォルティス。ウォルティス王国の第一王子だ。


私に異変が起きたのは、14の春の事だった。それまでも、夜会に出れば沢山の令嬢がそばに寄ってきたし学院でもそれは変わらなかった。


しかし、ある日を境に周りの様子が変わってしまったのだ。近くにいる者は妄信的になり、令嬢どころか全ての者が俺に過剰な好意を寄せてきた。


困り果てて内密に教皇の元を訪れると、何者からか『魅了』の技能を与えられていると告げられた。このままでは生活に支障が出てしまうと焦った俺は、何とかしてくれと教皇に泣きついた。


過去にも『魅了』を与えられた者たちは時折現れていたらしく、その度に教会の者が解除してきたと聞いたが、俺の魅了は解除されなかった。なんとか魅了を抑えても、いつの間にかその効果が上書きされてしまう。


どうやら、俺が笑うと更に効果が強くなるようだったので人前で笑うことが出来なくなった。


教皇から魅了に掛けられた者を正気に戻す術を教わってからは以前よりマシになったが、その間に両親…国王と王妃の中が悪くなりかけてしまい、直接何かを言われたわけではないが、国王と俺の仲も少しばかり悪くなってしまっていた。


俺はなるべく人前に出ないようにし、教室でも人と距離を取る事でなんとかやり過ごしていた。


そんな時、学友のクレストが一人の女学生を教室に連れてきてしまった。


アイツは魔術式に目がなくて、語れる者を見つけると誰彼構わず教室へ連れてきてしまう。今回連れてこられたのは、茶色の髪に紫の瞳の美しい少女だった。タイの色を見ると1年生らしい。見目麗しい女性など見慣れているはずだったが、何故かその少女からは目が離せなかった。


転移酔いをしているらしく、座り込んでしまった彼女を抱き上げて椅子へ座らせた。その軽さと甘い香りに胸がドキリと鳴る。こんな事は初めてで少し動揺したが、クラス長として情けない姿を見せるわけにはいかないので、クレストへ注意をする事で気を紛らわせた。


丁度、副クラス長が彼へ説教をし始めたので、少女の方に向き直る。魅了のことが気にかかったが、すぐに対処すれば問題ないだろう。


名を聞けば、魔導士団長の末娘という事がわかった。髪の色が聞いていたものと違うのは染めているからだろう。


そして、あることに気がついた。


彼女は私を見ても、他の令嬢のような恍惚とした顔に一切ならない。それどころか、平然と周囲の観察までしていた。


目を合わせても、不思議そうな顔をするばかりで魅了される素振りは最後まで見えなかった。それところか、魅了されたのは自分の方てはないかさえ思えた。


彼女に興味を持った俺は、クラスメイトの無礼を詫びるという名目で王宮へと呼び出した。


もう一度…本当に魅了に掛からないのかを調べるために。


それから、何があったのかは曖昧だ。


ボンヤリとした記憶だけが残っていて、気が付けば腕には見慣れない腕輪と『魅了』から『魅力』に変わった技能だけが残されていた。


魔導士団長とその末娘を招いてお茶を飲み、改めて謝罪をした…筈だ。


『魅了』の力は…教皇が…俺に『魅了』を掛けていた者を探し出して…そう、魔導士団長と共に…滅して…


思い出そうとしても、どうしても詳細が思い出せなかった。『魅了』を解いた後遺症なのだろうか?何か大切な事を忘れてしまった気がするが…


必死で思い出そうとして、ふと無意識に腕輪に触れていることに気がついた。この腕輪はいつから付けていたのか。わからないが、とても大切な物だというのは覚えていた。


何故か曖昧な数日間は、確実に俺にとって大切な何かが起きていた筈だ。


一度見聞きした事は一言一句忘れることのないのが俺の技能。なので、俺が記憶を曖昧にする事などあり得ない。だとすれば、恐らく第三者の手によって記憶を改ざんされているのだろう。


そして、それにはあの娘が関係している筈だと俺の直感が告げていた。


彼女にもう一度会わねばならない。

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