第43話 親と子

「そうか…」


俺から話を聞き終わった父は、微動だにせずにいた。相変わらず厳しい表情のままだ。


王子達は気を使って別室へと移動していったので、今は俺と父の二人だけだが…


「ごめんなさい…本当の事を話すと…嫌われるんじゃないかって…役目があるから…自由に生きられなくなると思って…」


本心を話すうちに、涙が込み上げてくる。


怖くて怖くて仕方がない。


拒絶されたらどうしよう…そんな恐怖で胸が痛む。


それと同時に、どこか冷めた自分もいた。


もしダメなら、すべて消してしまおう。傷付いた自分と、拒絶した者すべての記憶を消してしまえば…にしてしまえば楽になれるんだ。


そして、一人で旅に出よう。


それですべて解決だ。何も難しい事ではない。


涙を拭って、一呼吸置く。


「黙っていて、みんなを騙しててごめんなさ…」


そう言い終わらないうちに、父が突然俺を抱き締めた。父の身体がかすかに震えている。


「謝らなくていい…アーシェは何も悪くない。そんな苦しい想いを持っていたなんて、気付いてやれなくてすまなかった…」

「お父様…」

「実はな、母様が君を身籠った時に神託が下ったんだ」

「え…?」


そんなの初耳だ。


「『腹の子は魂のない器である。いずれ神が宿り世を救う旅に出る故、産まれたら教会が引取りお育てする』とね」

「…」

「でもね、そうはならなかった。『神の依代は産声を上げぬ生ける屍である』というのが常識だったからね。だから、産声を上げた時には本当に安堵したんだ。あぁ、ちゃんと私達の子として産まれてくれたんだ…ってね」

「…でも…っ」


言葉にならない想いが溢れてくる。抱きしめられた温もりを、もうすぐ手放さなければならないのだ。抗い難いこの温もりは、俺が欲しくて堪らなかったモノでもあった。


神託は正しい。だって、産まれたのは世界を旅する役目を持った俺なのだから。そして、恐らく彼等の望む子供ではないのだ。最初から意識を持っていたかいないかの違いでしかない。その後の事に比べれば産声を上げた事など取るに足らない筈だ。


「私達はね、この子はもしかしたら神の代わりに旅に出てしまうんじゃないかって思ったんだ。それでも、私達の所へ来てくれた愛しくて大切な子供だというのに変わりはないし、今だってずっとそう思っているよ」

「…っ」

「そして、洗礼の儀を迎えた」


父の声が優しく響く。そして、俺が旅立つ事を覚悟していた父の言葉に胸の奥がチクチクと傷んだ。


「教皇様が手ずから指導されると聞いた時に、私もエリザも『私達の子は、やはり神の子なんだ』って確信した。…そのまま帰ってこなかったらどうしようかと思っていたんだ」

「ぐすっ…」

「でも、君は帰ってきてくれた。私達と距離を取っていた君だったから、不安だったんだ。私達の愛する子供が今度こそ離れていってしまうんじゃないかって。それでも、ちゃんと『ただいま』と言ってくれた…それがどれほど嬉しくて愛おしかったか」


どうやら気付かれていたらしい。そして、心の底から彼等を信じきれない俺を、それでも愛してくれていたのだ。


「君も、私達を家族だと思ってくれていたんだろう?」

「…ぅん…」

「良かった。君は間違いなく私の可愛い娘だよ、アーシェ。どんな力があっても、どんな役目を持っていても、私はアーシェのお父様だからね。アーシェを嫌うなんてあり得ないし、どんなアーシェだって愛し続けるよ」

「…おとう…さま…」

「うん、お父様だよ。さぁ、これからはお互い遠慮はナシだ!」

「…おとうさまぁ…うわぁぁぁん!」


堪えきれなくなって、声を上げて父の胸にしがみついた。嬉しさと罪悪感と恥ずかしさと…そんな、色んな感情が一気に押し寄せてきて子供のように…いや、今は子供だけど。たぶん今までで一番子供らしく泣いたと思う。


「ごめっ…ごめんなざいぃぃぃ」

「大丈夫、謝らなくて良いんだよ。私達は怒ってなんかないから」


結局、俺が落ち着くまで暫く時間がかかってしまい、その日は解散となったのだった。

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