第40話 『愛』を取り戻せ

「おぉ…完全に『魅了』が封じられている!」


王宮に戻った俺達は、早速魔道具の効果を試していた。


王子が『魅了』の効果を発揮するのは、笑顔を見せた時。なので耐性のない護衛達の前で笑顔を見せると…


「殿下の笑顔を久し振りに見た気がしますね」


と、朗らかに笑うだけだった。


その様子に、ホッとしている王子。何処かピリピリとした空気を纏っていたがソレもすっかり消えていた。


聞けば、『魅了』で寄せられた女性達は漏れなく何かしらの不幸に見舞われてきたのだとか。実母すら『魅了』のせいでオカシクなってたんだから相当だよね。そのせいで王様ともギクシャクしちゃってて大変なんだってさ。


「王位継承権はまだ放棄出来ないからね。継ぐにしろ放棄するにしろ、父との関係は何とかしておきたかったんだ」


そう呟く横顔は、捨てられた子供のような寂しさが滲んでいた。そりゃ、まだ15歳になるかならないかの年齢だもん。それより前から親からの愛情が歪んだものになっていたら悲しいよね。


これは自分でも無意識だったしビックリなんだが、気が付いたら彼の頭を撫でていた。捨てられた子犬っぽかったんだもん、不可抗力だ。


ポカンとした彼の瞳がこちらを向いて自分のやったことに気が付いた俺は、恥ずかしさのあまり王子を突き飛ばしていた。


その後、全力で謝ったのは言うまでもない。


「さ、さて。あとは獲物が釣れるのを待つだけ…」


そう言いかけて、ふと不穏な気配に気が付いた。


室内に居た全員が構えたと同時に、ドス黒い何かが部屋の中央に現れた。


護衛が咄嗟に斬りかかるが、ムチのような黒い触手に振り払われて壁に激突し気絶してしまい、起きているのは俺と第一王子それから教皇と父の四人だけだった。


床から現れた黒いモヤは、徐々に人の形になっていく。そして、その足元からは無数の黒い触手が生えていた。真っ黒でドロドロとした人のようなモノが腕らしき部分をこちらに伸ばす。


ベチャッ シュゥゥ ベチャッ シュゥゥ


一歩こちらに踏み出す度に、泥を踏んだような音と床が焦げる嫌な臭いがした。伸ばされた腕から落ちた黒い液体が床に落ちると、ジュッという音と共にその部分が黒く焦げたようになる。


「くっ、何なんだアレは?!」

「わかりません、初めて見ますが…魔物の一種かと」

「あれは…もしや…」


護衛達の手当をしていた教皇が、黒いナニカを見て焦ったような顔をした。いつも飄々としているから、それだけで相当ヤバいモノなんたというのがわかる。


「二人共こちらへ!!アレに手を出してはならん!!!」


教皇がそう叫ぶのが早いか、黒いナニカが動くのが早いか。


ビュルルルッと触手が数本、父と王子に向かって伸びた。二人を絡め取ろうとする寸前でバチィッと触手が弾かれる。どうやら父が防いだようだ。流石、魔導士団長だね!!


「王子、教皇様の方へ」

「いや、私も戦う」

「アレの相手は魔道士団長たる私の仕事です。王子はどうか娘の所へ」

「…わかった。任せるぞ」


父は何度か触手を弾くと、そのまま本体の方へ近づく。


『火の神アグニスよ 輝ける炎 悪払う光 我が敵を打ち払え 輝光爆炎弾ルディ・ブリンディガ・フラーマ!!』


父が放ったのは爆炎魔法。火魔法の中でも高威力の魔法だ。普通に放つとスーパー戦隊が名乗る後ろでドカーンとなってる炎くらいの大きさになる。


つまり、ある程度広いとは言え室内で使ったら部屋の中にあるもの全部消し炭って事。


父ーー!!!死なば諸共はヤメてー!!!


とは言え、そこは国が誇る若き魔道士団長。器用に魔法を小分けしすべての触手に当てた。ボロリと崩れ落ちた触手はサラサラと粉になって消える。しかし、新たな触手が生えてきて、すぐさま父を攻撃していた。


対する父も、火魔法だけでなく風や土等の魔法を撃ち込むがその度に触手が復活し本体まで魔法を届かせることが出来ていない。


『ア…嗚…痛ィ…ァぃあ…愛…アア…』


女性のような男性のような、不思議な声が聞こえるが何を言ってるのかはわからない。しかし、言葉を発しているので普通の魔物ではない事は確かだ。嫌な予感がして、背筋がザワリとする。


「アレは一体何なんだ…」


いつの間にか俺のすぐ側まで来ていた王子がそう呟いた。そして、その顔には焦りが浮かんでいる。父は涼しい顔をしているが、どの魔法も決め手に欠けているようで、ひたすら向かってくる触手に魔法を撃っている。


「あれは…愛の女神アムディ様です」

「なんだと?」

「王子殿下の魅了と同じ魔力を感じます。恐らく瘴気に飲まれておるのでしょう。堕ちたとはいえ相手は神、このままではウォルテートも危うい」


ダメじゃん!!慌てて父の方を見ると、相変わらず涼しい顔をしているがその額には大粒の汗が浮かんでいた。このままだとヤバそうだ。何とかしないと…と教皇を見ると、真剣な顔をして俺を見つめている。


なるほど、これは俺の出番ってワケね。


立ち上がって王子達の前へ進み出ると、女神をじっと見据える。神眼で視ると中央に何かの呪具らしいモノと女神の気配を感じた。


「なるほど、何か変な呪具が女神を閉じ込めてて瘴気を纏わせているみたいだ」

「アシェラッド嬢…?」


両手の人差し指と親指をあわせて三角窓をつくり、手のひらを女神へ向ける。窓から女神を視るようにして思い切り魔力を込めた。


「…っ?!アーシェなにを…」


父がこちらに気付いたが、気にせず続ける。


そして―


「くらえ!!!完全浄化ビーーーーム!!!」

「うわっ!」

「ふぉぉぉ!!!」

「なっ―」

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