第39話 愛が狂気に堕ちた理由

アムティエルデュニエール愛と豊穣の女神アムディを産み出したのは人々の美と愛を願う祈りの力である。


女神フィリシュィオーネはこの世を創った唯一神だ。そして、その下には様々な神がいるとされている。その正体は力を持つ精霊達であり、アムティエルデュニエールもそんな力持つ精霊の一人であった。


人々の祈りから産まれた神々の中でも早くに生れたアムティエルデュニエールはヒトがこの世に誕生してから長きにわたり愛を司ってきた。


しかし、願いに狂気が混ざれば、その祈りを力にする神もまた狂気に染まる。美と愛の神はその性質から、古い神々の中で最も早く狂気に染まりつつあった。


それに気付いたフィリシュィオーネは、アムティエルデュニエールを二つに分ける事とした。そうして生まれたのが愛と豊穣の女神アムディだ。


そして、アムディから分かたれた力は美と繁栄の神エルールとなった。豊穣と繁栄の力は彼女達の狂気を抑える為に女神が与えた力である。


アムディは様々な愛を見つめ、時にはその願いを叶え、豊穣の力は子宝に作用した。


やがて、愛の女神は自身も誰かを愛したいと願うようになった。もちろん、祈りを捧げにくるヒトはとても愛おしかったし様々な愛の形を見るのも好きだった。しかし、願ってしまったのだ。を。


やがて、アムディは一人の神と出会った。


彼は女神フィリシュィオーネが産み出した男神で、死と闇を司る。濡れた闇のように深い黒髪と氷のように冷めた薄青の瞳は、常に悲しみに満ちていた。そして、世界に魔王を誕生させ、勇者の手で討たせるという役割を持っていたのも彼であった。


彼はその力とは裏腹に、優しい心の持ち主でもあった。魔王を作る度に、1日でも長く生きられるようにと願いながら地上へ送り出すその後ろ姿を見て、アムディは胸が締め付けられるような気持ちになった。


やがて、彼女は彼を愛するようになった。


彼の方は、愛される事を拒否していたがアムディはそれでも構わなかった。彼女は『愛する事』を愛していたので、たとえ愛されなくても彼が居るだけで満足だった。


しかし、彼女の中にはやはり狂気が疼いていた。やがて、『愛されたい』という思いが芽生えてきたのだ。しかし、彼はそれに応えることは無い。彼の瞳にアムディの姿は一度も映らなかったからだ。


愛しているのに愛されない。


そんな状態が長く続き、アムディの中にある狂気が徐々に濃くなっていったある日の事だった。


突然、彼は姿を消した。


アムディは彼を探したが、神の世界のどこにも彼の姿は無かった。そして、ヒトの世界に目を向けたのだ。


絶対に彼を見つけなければ。

彼を愛せるのは私だけ。

彼に愛されたい。

彼を。


私のものに。


アムディは衝動のまま、ヒトの世界へ降り立った。とは言え、制約があるので思うようには動けない。


そこで、自身の信者を操り神の知識を与えて『自身の容れ物依代』を作らせた。それは禁忌の技であり、自身をさらなる狂気に曝す諸刃の剣でもあった。


ヒトの世に降りたアムディは、彼を探し続けた。時には人々に愛の力で混乱を招き、愛に翻弄される人々を見て嗤い、様々な場所を渡り歩いた。


やがて、彼女は一人の子供に出会った。


かの神に似た美しい男児だ。


その頃には思考は狂気に侵され、自身の目的を見失っていた。


女神は、彼を『魅了愛したい』と強く願った。そしてそれは、呪いとなって彼を苦しめる事となり、アムディもまた完全に狂気に飲まれていったのだった。

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