第38話 愛の女神の困った悪戯

「さて、此度の件ですが…全ては愛を司る女神の仕業なのです」

「愛を司る女神…?」

「愛の女神と言うと…アムディ様でしょうか?」

「左様、アムディ様は時折地上へ降りては悪戯を仕掛けるのですが…今回は少しばかり困った事になっておるのです」

「困った事?」

「かの女神は、ヒトに魅了の技能を与えて人々が愛に翻弄されるのを見るのがお好きなのです」


なんだそれ、タチが悪いな!


「魅了の技能は軽いものでも相当な効果を発揮するので、かの女神が悪戯をする度に神託が下りて教会の者が解呪をしておったのです」

「では、今回も解呪すれば…」

「いえ、それがそう簡単な話ではないのです。かの女神が今回与えた魅了の力は今までよりも強力なもので、儂の力でも抑えきれないほどなのです」


なるほど、いつもなら解呪して終わりなのに教皇の力でも解呪には至らず、力を抑えるので精一杯なんだな。それで俺のところに話が来たのか。


しかし、それならコッソリと俺が解呪すれば良かったんじゃないか?


「それが、かの女神自身が魅了されてしまい…」

「えっ、そんな事ある?」

「それ程までに強力な技能なのです。さらに、かの女神は魅力を解呪させまいと、何処かに隠れながら王子に魅了の技能を付与し続けておるのですよ」

「うわぁ…それは大変だね…」


改めて王子を見る。可哀想に、何だか遠い目をしているな…


「道理で何をしてもダメだったわけだな…」


あぁっ!イケメンにあるまじき白目になってるよ!


「それにしても、その女神は何故そのような悪戯をするのでしょうか…」


父が疑問を口にする。そうなんだよね、愛の女神ってそんな悪戯好きの女神だっけ?


「フィリシュィオーネ様が言うには、とある神が役目を放棄した事による弊害ということじゃ。これ以上は教えてもらえなんだが、女神を捜し出して正気に戻して欲しいとの神託ですな」

「ふーむ、どうしたものかなぁ」


『魅了』をどうにかするなら魔道具で封じるのが一番手っ取り早いんだが、それでは根本的な解決にはならないから女神をどうにか捜し出さないと。


神様が相手だからなぁ…


「とりあえず、『魅了』からどうにかしましょうか」

「…どうにか出来るのかい?!」

「一時的な対処しか出来ませんけどね。うまく行けば女神が釣れるかも?」


まずは素材を取り出して形を整えていく。今回使うのは鋼と魔法銀ミスリルのインゴットだ。


クラフトスキルを使えばどんな硬い金属も粘土のように扱えるのだが、二人は初めて見るからか、粘土のようにインゴットを千切って捏ねている様子を目を丸くして見つめている。


王子が使うので細めのバングルにしようかな〜。まずは鋼で芯を作り、その上に魔法銀を貼り付けていく。


今回作るのはかなり強力な魔道具なので、魔法銀の割合が多め。魔法銀は魔力を通しやすく魔法付与に向いた金属として一般的に広く知られている。金属の中でも柔らかい部類になるので扱いやすいが、魔法で強度を増さないと武器や防具としては使いづらいという欠点も持っている。


強度を保ちつつ強い魔法付与をするのはかなりの技術が必要になるので、ミスリル武具は高額になるのだ。


ミスリルを貼り付けて形を整えたら、今度は魔石を埋め込んでいく。魔石は主に魔物の体内で生成される。魔力が結晶化したモノとも魔物の核とも云われているが真相は定かではない。


あるいは両方じゃないかな…と、俺は思っているのだが。


小袋を取り出して中身を机の上に広げる。そこには色とりどりの宝石のクズ石が入っていた。これは宝飾店で叩き売られていたもので、アクセサリには向かないが錬金術で使えるので売られている。あまり売れないのか、破格だったしオマケでもう一袋貰ってしまったのだが。


クズ石の中から白や黄色の石を選んで、一つにまとめる。乳鉢に入れてからクラフトスキルで圧力をかけると、液体のようになった。中が空洞になったペンに液体宝石を入れて、バングルの上に紋様を書き込んでいく。


ここからは精密な作業になるので集中しなければいけない。紋様はペンに魔力を込めて書き込むのだが、魔力の量は常に一定にしなければ美しい線にならない。線の太さや濃さが一定にならないと効果に影響してくるのだ。


バングルの表と裏にビッシリと紋様を書き込むと、透明な宝石を液体にして保護膜にする。最後に、青色の石を液体にしてから魔力を込めて更に圧力をかける。すると―


コロンッ


一つの魔石が出来上がった。


バングルの中央にある窪みに魔石を嵌め込むと『魅了封じ』の腕輪の完成だ。


「はい、出来ましたよ」


出来上がったモノを机に置くと、王子と父が深い息を吐き出した。


「とんでもないモノを見てしまった気がする…」


そう、だから隠しているんだよ―。

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