第37話 ここだけの話
「アシェラッド嬢、私の婚約者になってもらえないかな?」
「え、嫌です」
反射的にそう答えてしまってから、あっと口を塞いだが時すでに遅し。
言葉を発した瞬間、周囲の空気が凍りつく。室内には王子と父の他に護衛や従者もいるのだが、全員がピシッと動きを止めていた。
や、やっちまったー!
「あ、あのすいません。突然のことに驚いてしまって…」
必死にその場を取り繕うと、ようやく王子の硬直が解けた。
「いや、即答で断られるとは思わなかったな…はは…」
「申し訳ありません、殿下」
「いや、良いんだよ。突然の話だから驚くのは無理もない」
そりゃ驚くよ。突然『婚約者にならないか?』だなんて。そもそも、年齢離れすぎだろ?!
「殿下は幼女趣味なんですか…?」
「こら、アーシェ!」
「うぇぇ、だってぇ〜」
「あっはっはっは!」
その瞬間、部屋の中に甘い空気が溢れた。すると、護衛や従者が恍惚とした表情を見せはじめる。
「おっと、まずい」
王子が指をパチンと鳴らすと、途端に空気が冷えていく。護衛や従者もハッとした顔をして頭を下げた。これはもしや…
「『魅了』…?」
「へぇ、良くわかったね?」
「え、えぇ。皆様のお顔と部屋に溢れた魔力でそう判断しました」
「アーシェは学院でよく学んでいるんだね」
「えへへ」
父に頭を撫でられて嬉しくなる。中身はオッサンでも身体は少女なので、大好きな父に褒められれば素直に嬉しいのだ。最近は特に身体の性別と年齢に思考が寄っていっているように思う。
「この『魅了』のせいで少々困った事になっていてね。この力に影響されない者をそばに置きたいのだよ」
「なるほど…ですが、それなら婚約者でなくても良いのでは?」
「それがそうもいかなくてね…」
「殿下は間もなく成人を迎えられるが、その時に婚約者が居ないとなると他国からの縁談がくるんだよ」
「国内ならまだしも、他国の姫を娶るとなると問題が多くてね…」
「大変ですね」
「そこまで他人事だと、いっそ清々しいね」
だって他人事なんだもーん。そもそも6歳児に婚約者だの何だのと話されても困るぞ。
「まぁ、とにかく『魅了』を何とかすべくとある御方に相談したんだ。そうしたらアシェラッド嬢を紹介されてね」
「とある御方って…あっ、まさか!」
「ほっほっほっ、流石ですな〜」
室内に突然老人の声が響き渡る。護衛たちが一斉に構えるが、王子の真横にユラリと姿を表したのは俺もよく知るあのヒトだった。
「じーちゃん…」
「ご無沙汰しております。さて、ここからは人払いじゃ」
突然現れた教皇が持っていた杖を床にコーンと打ち付ける。すると周囲の空間が捻れ、気が付けばいつもの教皇の私室に移動させられていた。
「教皇猊下!これは一体…」
「ウォルテートよ、すまぬが巻き込むぞ」
「は?巻き込むとは…」
この状況に一番置いていかれてるのは父のようだ。慌てた様子で教皇に詰め寄るが、そんな事はどこ吹く風で「よっこらせ」なんて言いながら椅子へ腰掛けていた。
王子はこうなるのを見越していたのか、余裕の表情でお茶を飲んでいる。俺も何が何だかわからない。わからないが、嫌な予感はビシビシと感じている。
「セラティア様、申し訳ありませぬ。緊急事態です」
「それは殿下も関係する事?」
「左様です」
「はぁぁぁぁぁぁ」
今度は王子もポカンとしている。それもそうか、何の繋がりも無さそうな俺と教皇が気安く…しかも俺のほうが偉そうに接してるんだもんな。
「アーシェ、教皇猊下の元へ通っている間に何があったんだい?」
「えーっと、どこから説明したら良いのか…」
「セラティア様は女神様から遣わされた御方。洗礼の儀のあの日に神託が下った故、儂がお主等を出迎えたのじゃよ」
「な…?!」
おー、驚いてるねぇ。
「本来ならば成人されるまでは内密にするところなのじゃが、先も言った通り事態は急を要するのでな。セラティア様には申し訳ないがこうして明かさせてもらったのじゃ」
「せめて先に教えてほしかったよ…」
「いやはや、申し訳ありません。何せ急でしたので」
まぁ、ここまで来たら腹を括るしかない。こんな手段は取りたくなかったけど…。
全部終わったら記憶を消させてもらうよ。
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