第25話 ハウス栽培…ってやつ

「さて、改めて自己紹介をしようか。私はクレディス・ノア・ウォルティス。クレディスと呼んでほしい」

「畏まりました、クレディス殿下」

「アシェラッド嬢は確か『ルーノ』だったよね?」

「えぇ、そうですわ」

「学院生活は楽しいかい?」

「それはもちろん、毎日楽しく学んでおりますよ」

「アーシェは優秀だしすぐに『太陽スーノ』へ入れそうだね」

「お兄様、買い被りすぎです。私は今のクラスで精一杯です」


当たり障りのない会話が続く。兄達は校内で俺の姿を見掛けない事を気にしているらしいが、俺としては下手に見つかりたくないので「不思議ですね」で通している。


そんな中、王子だけはなにやら意味ありげにニコニコとしていた。何か言いたいことでもあるんだろうか?


「これだけ出会わないって事は、まさか髪色を変えてる…なんて事はないよね?」

「あら、髪色を…ですか?」

「その程度でアーシェが目立たなくなる事は無いだろうけれどね」

「まぁ、お兄様ったら」


うふふと笑ってすぐに次の話題に移っていく。相変わらず王子は意味ありげにこちらを見ているが、これは髪色を変えてるのがバレてるのだろうか?


まぁ、聞かれた時に適当にはぐらかしとけば良いや。


そういえば、この特別室は初めて利用するけど思ったより静かで過ごしやすいんだな。天井には青空が見えていて、自然な光で室内は明るい…が、実は天井にあるのは空を映す魔道具でサロンに設置して室内なのに屋外のような演出にするのが流行っているらしい。


この部屋も、庭園を意識しているらしくアチコチに植物が置かれ小さな噴水も置いてあった。


「アシェラッド嬢は天井が気になるのかな?」

「え?えぇ、素晴らしい魔導具ですね」

「そうだろう?喜んでもらえて良かったよ」

「喜んでって…殿下がご用意されたのですか?」

「実はそうなんだ。今日の日の為に…」

「流行りが廃れたらこの魔導具は撤去されるのですか?」

「え?あ、まぁ、そうなるね」

「何かに転用されたりはお考えですか?」

「転用?何か他の使い方でも思いついたのかい?」

「えぇ、これなら天候に左右されませんから屋内で野菜や果樹を育てるのに良さそうですわね。室温も調整すれば様々な地域のモノが安定して作れそうです」


この世界には温室栽培って概念が無いんだよな、不思議なことに。温室はあるが、貴婦人が珍しい花を愛でながらお茶をする為のものっていうのが一般常識になっている。


「…確かに、天候に左右されず安定して作物が育てられるのは良いかもしれないね」

「長雨で作物の収穫が減り、地方の農村では餓死者が出た事もあったね」

「すごいねアーシェ。どうやって思い付いたんだい?」

「へ?どうやってと言われましても…部屋の中で外を再現できるのですし、むしろ何故誰も思い付かないのかが不思議なのですけれど」


いや、本当に不思議なのだ。温室はあるんだから庭師なんかはその事に気付いても良さそうなものなのに。


「魔道具も温室も、高価なものですしそういう使い方をしようなんて思わないのかもしれませんわね…」


安定して作物を販売できるなら安いものだと思うけど、設備投資って概念が無いのかもしれないなぁ。


「アシェラッド嬢は凄いことを思いつくのだな」


そりゃ、中身はオッサンだからね。


自分が6歳なのを時々忘れるが、王子もまだ7歳の子供なのだ。その分周りの大人が気付いていればいい話なんだが、その様子もないのはちょっと気になる。


ま、あとの事は周りで耳をそばだてている大人達が何とかするだろうし、俺が出来るのはここまでだ。


これを機に、農業が少し楽になったら良いな。

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