第20話 眠れる図書館の美少女

「おや、先客とは珍しいな」


ウォルティス王国の第三王子クレディス・ノア・ウォルティスはその日、図書館を訪れていた。


図書館は彼が一人でゆっくり過ごせる唯一の場所。兄のように慕っているフォーサイスの双子や従者としていつも行動を共にしている者達も図書館に来ることはない。


護衛二人のみを連れて、図書館へ訪れるとまっすぐいつもの二階の一角へ向かう。護衛は少し離れた場所で待機だ。


今日は何の本を読もうか。


そんな事を考えながら、出窓の方へ向かうと人影が見えた。ここには誰も来ないと思ったのに、珍しい事もあるものだ。仕方ないのでその場から立ち去ろうと思ったが、先客が誰なのか気になったのでそっと近寄ってみた。


すると、そこには本を開いたまますやすやと眠る一人の少女がいた。白いリボンをしているので初等科一年生なのだとわかる。


明るい茶髪は日に当たりキラキラと輝き、その場だけなにか神聖な空気が漂っているかのようだ。


手元を見ると自分が探していた本を持っている。その本は『ジパング皇国の歴史と文化』という他国の歴史書で、貴族の、しかも初等科に入ったばかりの少女が読むには難しいと思われる本だ。


こんな本を読むのは自分くらいかと思ったが、まさか自分より年下の女子生徒が読んでいるとは思わなかった。もしかしたら、自分の話についてこられるかも知れない。


そんな期待が胸を過る。話し相手は大人ばかりだったし、自分の話は護衛や従者達には荷が重いらしくニコニコと頷いてはくれるが、建設的な意見のやり取りは期待できない。自分を守り世話をする彼等とは対等な友人にはなれないのだ。


なので、王族も平民も平等な立場で過ごせるこの場所で友人を作りたいというのが、ささやかな願いでもあった。


入学して一年。まだその願いは叶えられていない。


そういえば、フォーサイスの妹が入学していたはずだ。彼女の祖父と、父や兄達とは面識があるが「目立つのは嫌いですが、大変優秀なのです」と話していたっけ。


彼等は大変優秀だし、もしかしたら自分の友人になってもらえるのではないか?と入学するのを楽しみにしていたのだ。


式が終わり、彼女の姿を見つけた時は嬉しくてつい名乗らずに話しかけた。…王家の証を外し忘れていたので直ぐに見破られたが。


周りの陰口に何故か嬉しそうな素振りを見せた彼女の姿は、とても良い面白くて興味深かった。あの時の事を聞きたいと思って校内を探したが、何故か彼女の姿はなく誰も見かけていないと口にしていた。


6歳にして、あの美しさなのだからすぐに見つかると思ったのだが、これがなかなか見つけられない。確かに『妖精姫』と呼ばれるだけあるなと感心した。それにしても、どうやって隠れているのだろうか。


目の前で眠っている少女も、妖精姫と同じ『ルーノ』クラスらしいが彼女なら知っているだろうか?


このまま待っていようかとも思ったが、流石にそれは止めておいた。自分は王族で男なのだ。目が覚めた彼女に迷惑はかけたくない。


せめても…と、持っていた栞を彼女の手元に置いてその場から立ち去った。


彼女が起きている時に、またここで会えるようにと願いを込めて。





後日、図書館の忘れ物コーナーに栞が置いてあるのを見つけた。


何とも言えない感情が胸にこみ上げたが、自分は王族だ。その栞をそっと手に取って懐に仕舞い込んだ。


学院生活はまだ長い、きっと次があるさ。

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