第17話 青嵐(曹操軍)
「「「おおおおおおおおお‼」」」
空気が震えるような声は士気の高さを揺るがせた。
手綱を引くと
弱まっていた風が勢いを取り戻したように奇襲部隊が北西の包囲網を目指して突き進む。
「来たぞっ‼」
張遼たちの奇襲を目の当たりにした孫権軍兵士が盾を構える。隙間からは槍を覗かせている。突き刺されば一気に勢いを削がれてしまうだろう。
血が出るほどに下唇を噛んだ。吐き出した息は熱を帯び、鉄臭い。それでも、張遼の目はしっかりと詰めた盾の隙を逃さない。
「そこを退けェ‼」
盾は嵐に巻かれた木の葉のように吹き飛んだ。血と肉は戟の錆に転身する。人体は泥を踏むようにズブリと蹄に粉砕され、小石と何ら変わらない扱いで蹴り飛ばす。
「うおおおおおおお‼」
肌を伝う汗は何処へ消えたのか。自らの内を刻む鼓動も何もかもが聞こえない。目に映る世界は色を失ったように見えていない。振るう手だけが機械的に動いている。手綱を握る手も同じだ。
「ハァ…ハァ…」
息を切らしたあとの世界は青くなった。いや、青さを取り戻したという方が正確かと思い直して後ろに顔を向ける。高まりに高まっていた鼓動の速さが落ちたような気がした。
「他は⁉」
咄嗟に自分が潜り抜けたことで出来た穴を見ると、逃げ遅れた者たちが包囲網の只中に取り残されている。
「早すぎたか‼」
手綱を引きすぐに取って返そうとして、何をしようと理解した
「この手を退かしてください」
「ダメです。今ここで貴方に死なれては勝ち目が完全に無くなってしまいます」
普段は冷静な口調と表情で必死に受け止める李典を目の当たりにして張遼の内にも迷いが生じる。言われたことは間違いないからだ。今にも飛び出そうと手綱を握っていた手が緩んだ。このまま前へ体を動かそうとして、目が取り残された一人と合った。
「将軍は我らを見捨てるのですか⁉」
懇願に張遼は揺れた。自分の根幹を握られたようで気が付いたときには李典の手を振り払って馬を進めていた。驚いたのは、誰一人として何もしなかったことだ。敵は真っすぐに進み続ける大将首を前にしながら指を咥えて見ているだけ。
気が付いたときには、再び包囲網の外を踏んでいた。
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