第14話 青嵐(曹操軍)

「退けぇぇぇぇぇ‼」


 風が吹き抜けた。人ならざる者が地を踏んだ。恨み言を残すこともなく、止めようとした者は骸の戦列に名を連ねる。ただの一薙ぎは人の一撃にあらず。鬼神の腕は一人として立ちはだかることを許しはしない。


「この勢いに続けぇ‼」


 黎明は祝福する。迷わず、惑わぬ勇者たちの行進を。数多と大地を棺とする者たちを。


 故に許すことはない。伏すことを拒む者を、鬼神のかいなに抱かれるようとしない者を。


 喧騒も、生存も何一つとして関係はない。ただ一つの結果のみを求める鬼神を前にして有象無象はただ踏まれるのみ。


 壊す。侵す。ただ、進む。有象無象を蹴散らし、万象を折り砕きながら。


 振るえば、踏めば全てが揺れる。


 熱せられた空気は覚めることを知らず、冷めることを知らずに敵だった者たちを飲み干す。地の底より湧き上がった憤怒は自戒を違えた愚者に容赦などしないと物語るように。


「矢だ‼矢を…‼」


 諦めぬ者は例外なく物言わない。伝えるべき頭を失い、番えるべき手を無くして歯向かう刃は蹄に砕かれた。


「だ、ダメだ‼に、逃げろォ‼」


 背を向ける。逃げても無駄と知りながら、人の足が決して勝てぬと知りながら。


「痴れ者がぁ…」


 血走った鬼神の瞳が捉えるは、漢にあるまじき姿。


 義のために振るうはずの刃、忠のために固める鎧。果たすべき義務の一つとして為さずに挑むべき国家の敵に挑まずに保身のみに走る愚者だ。


「敵を前にして背を向けるかぁ‼」


 番えた矢は、まるで見えない通り道でも存在するかのように逃亡者の急所を的確に仕留める。


 しかし、光は濃ければ濃いほどに多くを隠す。例え、普段は気づくほどにか細い殺意であっても。


「むっ」


 咄嗟に振り上げた戟が矢を弾いた。少しばかりずれていたら首の近くを抉られていただろうことは容易に想像が出来た。


 視線をゆっくりと張遼は近くの丘に移す。翻った旗は紛れもなく敵だと示している。


「今の一撃を躱すとは、見事だ」


 中央に陣取る男は今の闇討ちを恥ずることなく言ってのける。煌びやかな鎧に身を固めて整った茶色の髭と翠眼に堂々とした居住まいは名のある将であると示している。


 不作法には躾が必要と張遼は矢を番え、狙いを定める。


 ビュン‼と風切り音を鳴らしながら矢はひゅるひゅると男が跨る馬の隣に突き刺さる。


「名のある将であるなら今すぐに其処より降りて某と戦え‼」


 人が、馬が慄く。張遼の剣幕は正に人知を超えたという言葉が相応しかった。


「多勢に無勢がそのような愚行を犯すか‼」


 負けじと男も声と手を振り上げた。

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