第12話 襲来(曹操軍)

 ギラギラと光る眼光は今まさに転がっている餌を捕らえようとしている肉食獣のそれだ。しかも、数は1つではなく1000に迫る。滅多にありつけないご馳走を目の当たりにした人間も大差ないなと内心で思いつつ李典りてんは今か今かと解体される牛に目を向ける。既に頭部、手足を落として皮を剥がれてあとは表層の肉を調理していくだけだ。


「コホンッ」と咳ばらいをすると張遼ちょうりょうが牛刀を手に牛の前に立つ。背後に鬼でも居るのではないかと溢れる気迫は戦場にいるときと大差ない。息を呑んでいる決死隊の面々とは裏腹に李典の顔からは血の気が引いていく。


「…張遼殿?何をして?」


 今まさに牛刀を振るおうとしている張遼の元に李典は出る。そんな様子を理解していないらしい張遼は怪訝な顔で応える。


「見ての通り解体しようかと」


「ちょっと待って下さい‼手を怪我してしまったらどうするんですか⁉」


「大丈夫です。幾度も捌いたことがありますので心配はご無用です」


 自分の行動に何一つの間違いはないと疑っていない態度で張遼は李典に答え、晒される牛に刃を刺しこもうとしたところで薛邸せつていが一声を上げる。


「申し訳ありません。張遼殿」


「…何か?」


 二度も止められたからか流石の張遼も顔を顰める。ひたすらに捌かれる赤々とした肉の味を待つ決死隊の面々も困惑した空気を帯び始める。


「張遼殿が言わんとしていること、やらんとしていることは分かっております」


「なればこそ、英気を養って気力を充実させてこそ」


 頑として握る牛刀を離そうとしない張遼を前にして薛邸は怯む様子はない。寧ろこの言葉を予測していたのかあっさりと切り返す。


「それは勿論のこと。しかし、何よりも大きな原動力となるであろう張遼殿の手に何かあったとなれば我々は後悔してもしきれはしないでしょう」


 核心を突かれてさしもの張遼も言葉に詰まる。この役目も自らの責任と考えているだけに退くに退けないというところにいるようだ。未だに踏ん切りがつかないでいる張遼に薛邸は最後の一押しをかける。


「大丈夫です。張遼殿の意気は皆に伝わっております。気になるのなら、確認をしてみますか?」


 人に聞くというよりは問いただすと言えるほどに鋭い視線を薛邸は決死隊の面々に向ける。尤もこのようなことをせずとも望んだ答えが、決まっていた答えが返されることを目の当たりにして胸をなでおろす。


 数刻前に臓腑を底より震わせた叫びが再び世界を揺るがす。励ます言葉はなくとも込められた熱は納得させるには十分だった。


「大丈夫です。では、お願いします」


 背を押されて自らが為さねば、為さねばならぬと気を吐かんばかりだった張遼は下がる。変わって背後に控えていた普段は厨房で働く男が前に出て牛刀を肉に刺しこんだ。

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