第11話 襲来(孫権軍)

 銀砂をばら撒いたような夜空は戦場を睥睨していると思えないほどに穏やかだ。吹き抜ける風は少しばかりの湿り気を含んでいて読書に勤しむに丁度いいと孫権そんけんは日課にしている簡を広げる。照らす篝火の明るさは少し物足りないと不満を覚えるも仕方ないと割り切る。


「殿。用意が整いました」


 声をかけられ、孫権は簡に下ろしていた顔を上げて椅子から立ち上がって幕を上げる。眼前には器を持った近衛兵が跪いている。中に入っているのは魚の干物と野菜を混ぜ込んだ粥だ。


「ありがとう」と断りを入れて器を受け取り、孫権は一口一口を噛みしめる。塩が利いた具材は1日を行軍に費やした体にはとても心地よい。食べ終えると器を近衛兵に預ける。


「ところで、皆は何処に?」


 右に左にと孫権は視線を泳がせる。主が何を言わんとしているのか把握して近衛兵は立ち上がって明後日の方向を指さす。そこが最初になる。


「ありがとう。では、行ってくる」


 器を受け取るとその場へと歩いていく。草を踏む音は耳に心地よい。


 その場に近づくほどに賑やかで陽気な声が聞こえてくる。


「皆いるな」


 孫権が声をかけるとつい先ほどまで喧騒に興じていた兵卒たちの顔が一斉に孫権へ集中する。爽やかな風が吹き抜けているにもかかわらず空気は凍り付く。


「と、殿⁉何故こちらに⁉」


 1人が驚きの声を上げると一気に氷解して再び喧騒が周囲を満たす。赤壁を始めにこれまでにはやらなかった試みであるためこの反応は仕方ないものと受け止める。


「明日は大事だ。皆の顔を見ておきたいと思ってな」


 呵々と大笑して孫権は答え、顔を厳としたものに変える。再び空気は紐を力強く締めるようにピシッとしたものになる。


「ここが我らの今後を決する大戦となる。皆、頼むぞ」


「「は‼」」


 激励とも発破とも取れる真摯な言葉に満足した孫権は歩みを再開する。回るべき場所はまだまだ存在している。

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