第10話 襲来(曹操軍)

 パチパチと篝火が爆ぜる様子は紫色の空によく合う。そんな風流なことを考えようにもこれから自分が何を為すべきかを思うと思考はクリアになる。


 色めき立つ兵卒たちの間を通って張遼ちょうりょうは彼らの前に立つ。自らが仰ぐべき将の姿を目の当たりにした彼らは鎮まり、命令をしたわけではないのに綺麗に整列する。流石はこれから死地に臨むことを選んでくれた益荒男だと感謝の念を胸に抱く。


 一息。ゆっくりと鼻から息を吸い、腹の底から声を出す。


「諸君。我々が今現在置かれている状況は既に聞いての通りだ。とても楽観など出来ない状況にある。故に諸君たちの力を借りたい。諸君の力なくして到底潜り抜けることなど出来ない」


 一区切りをして息を吸う。その間も整然と並ぶ兵卒たちは一向に乱れる様子はない。ここからの言葉が肝心だ。


「私は殿の旗揚げから仕えてきたわけではない。元は敵だった側の存在だ。だがしかし、殿への恩義へ報いるという想いは、この場にいる誰にも負けていないと自負している‼この國を守り、殿の中華統一を為したいと強く願っている‼故に‼私に力を貸して欲しい‼」


 拱手きょうしゅをして張遼は頭を下げる。力を込めすぎて爪が皮膚に食い込んで血が滲む。


 篝火が爆ぜる音だけが静寂を彩る。誰も口を開かず、誰も動かない。この静寂は居心地が悪く張遼の目を開けさせない。


 自分の言葉には、どれほどの重さがあるのか分からない。説得力があるのか分からない。


 しかし、拒絶をしているわけにはいかない。結果が如何なるものであれ受け入れなければならないのだ。


 ゆっくり、ゆっくりと張遼ちょうりょうは目を開ける。


「大丈夫です‼我々は自分の意思でここに居ます‼」


「決意は我々も負けておりません‼」


「自分はここの生まれです‼守りたいと思うのは当然です‼」


「私も新参者です‼ここで大きく手柄を立てたいです‼」


 方々から、数多と賛同の言葉が聞こえてくる。欲しかった、欲してやまなかった言葉が目の前に存在していることに張遼は感涙に咽び泣きそうになって必死に堪えた。


「かたじけない…‼」


 興奮が爆発した兵卒たちの大歓声が空気を震わせる。熱気が引くまで誰も口を開かずにその波に乗ることを選ぶ。波が穏やかになると薛邸せつていが前に出る。


「今宵は牛を用意してあります。明日に備えて英気を養ってください」


 引いていた熱気はご馳走の投下によって先ほどと同等かそれ以上に高まった。

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