第8話 襲来(曹操軍)

「選抜はこれで十分でしょう」


 薛梯せつていが複数の簡を持って張遼ちょうりょうらの前に置く。これには強襲に参加することになっている兵卒たちの名前が書かれている。


 募集をかけたところ集まったのは3000人ほど。基本が防戦になると想定されるため守備に兵力を多く割り振らなければならない。


 よって、出撃は寡兵で行う必要があることから最終的には覚悟があり、武芸に秀でた者を1000人ほど選出した。これならば騎馬の数も十分に足りる。


「かたじけない」


 労い、張遼は薛梯の杯に水を入れて差し出す。腰かけたのを確認すると早速議題を李典が投げ込む。


「斥候からの報告で孫権軍が現在の進軍速度を保ったまま進めば明日の夕刻にはここに到達することが判明しました。陣を構え始めたとしても完全に用意が終わるのは早くて翌朝でしょう」


「間に合ったようで何より…」


 楽進がくしんは報告を聞いて胸をなでおろす。張遼も内心は同じで掌には汗が滲んでいる。


「では、最終確認を行いましょう」


 そんな3人の心を露知らずの様子で薛梯せつていは話を進める。全員が精神は鋼鉄なのかと思うも話の腰を折るわけにはいかないため言葉は飲み込む。


 最初は孫権軍に奇襲を仕掛けて出鼻を挫き兵力差を埋める。以降は敵の士気が折れるまで城を護る。


「こちらの兵力を向こうも知っていると想定するのなら、真っ先に奇襲への備えを進めていると仮定すべきかと」


 楽進が懸念事項を口にする。そちらについては張遼と李典の中では凡そ決まっている。


「出立は明け方の予定です。この時間ならば孫権軍の警戒も緩むでしょう。念のために烏巣の際に殿が行った防音も行います」


 馬の口に木を咥えさせ、蹄を布で覆ってなるべく音を消す。兵卒の足にも同じ装備を施して進軍する。単純な装備ではあるが実績は十分に示されている。


「正に乾坤一擲…ですね」


 張遼の説明に薛梯は率直な感想を口にする。張遼は言うべきことを言い終えると席に着き、李典が立ち上がる。


「城壁については隈なく調べて補強可能な箇所は強化を施しました。奇襲の成否、士気の高さ、兵糧の残量にもよりますが耐えることは十分に可能ですね」


 得意げに指を立てながら成果を示す。それだけで常日頃から真面目に業務に励んでいたと分かる。


「流石は李典殿です」


 薛梯が感嘆の言葉を送り、続けて楽進に水を向ける。


「お任せください。必ずやこの城を護り抜きます。李典殿の努力を無駄にしません」


 最後に薛梯は張遼へと話を向ける。いよいよという空気が流れてさっきまで存在した何処か和やかだった空気は一気に引き締まる。


「では、この大役…必ずや」


 立ち上がって張遼は拱手こうしゅで応じる。


「我が身命を賭してこの危機を打ち払ってみせます」


 意気軒昂。全員にこの言葉が当てはまっていると感じて薛梯せつていは胸をなでおろす。


「では、これにて終了です。各々よろしくお願いします」

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