第5話 襲来(曹操軍)

「落ち着きましたかな?」


 机から顔を上げると薛梯せつていと目が合った。李典りてんはバツが悪そうに顔を逸らす。先ほどの行動が自分らしくない非合理的なことであると自覚があるからだ。感情的になって部屋を飛び出しておきながら何を為すでもなく簡を読んで気を紛らわせるだけなど。薛梯は来客用の椅子を手に取ると李典の正面に陣取る。


「申し訳ありません。つい感情的に…」


「分かっております。あの状況で指示を受け入れろというのは無理な話でしょう」


 沈む李典に薛梯は気遣いの言葉を贈る。だが、気を紛らわせて終われるほどに現実は甘くない。今も刻一刻と事態は悪化しているのだ。


「しかし、お三方の協力失くしてこの窮地を乗り切ることは出来ません」


「分かっています。頭の中では…分かっているんです」


 薛梯の指摘に李典は弱々しく言葉を返し、顔を手で覆う。


「叔父は戦で死んだ。張遼ちょうりょう殿はただ己が務めを果たしただけ。たったそれだけ…よくある話であることだと分かっているんです。そして、自分が何を為さねばならないのか」


 そこまで李典が口にすると薛梯は立ち上がる。今の言い訳がましい文句に言及することなく一歩を踏み出す。


「そこまでご理解いただけているのなら大丈夫であると私は判断しましょう。張遼殿と楽進がくしん殿が待っておりますので先に戻ります」

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