第3話 襲来(曹操軍)
「お待たせしました」
部屋に入ると
「城内の様子から察するに
誰も言葉を発しない中で薛梯が口を開く。
「その通りです。先ほども物見から報告が入りました。規模は万単位…。孫権が動員できる兵力を見積もれば最大10万は動員できるでしょう」
張遼の報告に3人がどよめいてすぐに沈黙が部屋を支配する。楽進と李典は思案、薛梯はその様子を見ている。現状の戦力差と照らし合わせれば当然の反応だ。
「籠城。今現在執ることが出来る策はこれが限界かと」
李典が薛梯に提案する。睡眠不足気味なのか顔色が悪く目つきが悪い。直後に楽進がその顔に負けじと反論する。目から気でも溢れているのではないかと思えるほど戦意に満ちた顔で部屋中に響くのではと感じられるほどに大きな声。
「敵戦力が仮に十万というのなら一息に城は落とされてしまう。ここは奇襲を仕掛けて孫権軍の出鼻を挫く。これが何よりも採るべき策です‼」
最後に机を「ダンッ‼」と叩く。癪に障ったようで李典の表情が険しくなる。
「それが出来るなら苦労しないことは楽進殿もご理解できているかと」
李典の目が張遼へ向けられる。言いたいことは十分すぎるほどに分かっている。
「我々の平時からの間柄は最悪の一言。この窮地で呉越同舟など簡単に出来ると思っておいでですか?」
理路整然とした李典の反撃を受けて楽進は口ごもって張遼の方を見る。張遼としても同意見だ。反応を見て李典は小さく溜息をつく。
「この状況で撃って出るというのは無謀極まりない。幸いなことに兵糧は1年分…節約すればもう少し持たせることが出来ます。それだけの時を作ることが出来れば西方に割かれている主力軍が取って返すことも可能かと」
最後に根拠も付け加えて李典は口を閉ざす。だが、楽進は食い下がる。
「しかし、城を攻めると分かっている以上は孫権も城攻めの用意を整えているはず。一息に押し寄せれば寡兵である我らは押し切られてしまうでしょう」
「そちらについても十分な用意は出来ています。標的をあくまで敵の攻城兵器に狙いを絞ることで凌ぎ切れる可能性は…」
「いや」と李典の腰を折る形で張遼が言葉を被せる。今の今まで沈黙を貫いていた張遼が発言したことで全員の視線が集まる。
「私も楽進殿が言うように撃って出るべきと考える」
水をかけたが如く場の空気が沈黙する。だが、そんな程度で折れるほどやわでないことは張遼自身が良く知っている。
「ついさっき理由は説明したはずですが?不仲な我々が組んで出撃してまともに戦えると?生憎と簡単に割り切れる間柄でないことは張遼殿が最も理解していただけると思っていたのですが?私の叔父を殺した呂布の配下に居た貴方になら」
冷笑を浮かべる李典の目はこれまでに目撃したことが無いほどに昏い。その迫力に張遼もたじろぐ。
「話がずれているようなのでそろそろ修正をしてもよろしいでしょうかな?」
全員の目が薛梯に惹きつけられる。常人ならば息苦しさを容易に覚えるような空間に居合わせていながらのほほんと髭を撫でる姿に全員が口を噤む。
「出撃するか籠城するか。そのことについて殿から予めご命令をいただいております」
聞き捨てならない発言に呆気に取られていた全員の空気が変わる。
「私に恥をかかせることが目的だったと?」
感情的な面を曝け出した李典が食って掛かる。一般の官吏なら慄く迫力を目の当たりにしても薛梯の余裕は崩れない。
「平時より仲の悪いお三方がどのような反応をみせるのか見てみたいと思いましてな。しかし、これではどのような選択肢を取ったところでまともに戦えなどしないでしょう。少なくとも張遼殿以外は」
「「‼」」
薛梯の辛辣、或いは逆鱗に触れる言葉を聞かされて楽進が動きそうになるも辛うじて止まる。机の上で握られる拳、噛まれた下唇がどのような感情を抱いているか切に物語っている。李典は目を閉じて腕を組み沈黙を貫いている。
「薛梯殿。殿からのご指示についてお聞かせいただきたく」
過熱しつつある空気を鎮めるように張遼が本題へ切り込むと薛梯が簡を取り出す。言葉が発せられるまでの時間は異様なほど長く感じられた。
『張遼、李典は城を出て戦う。楽進は城を守れ』
その言葉を聞いて楽進が立ち上がる。勢いよく椅子が倒れて大きな音が響いた。
「自分が城の守りですと⁉」
信じられない言葉を耳にしたと言わんばかりに楽進は薛邸に食らいつく。その剣幕たるや先ほどの怒りも上乗せされて手が付けられない。
「その通りここに」
自分の目で見て納得しろと言わんばかりに薛邸が簡を渡す。受け取ると楽進は穴でも開くのではないかと思えるほど食い入って確認している。だが、いくら間違いを見つけようと読んでみたところで結論は変わらなかったらしい。
「何故、殿は自分ではなく張遼殿に…」
事実を突きつけられた楽進は意気消沈して椅子に座ってへたり込んだ。だが、納得が出来ていないのは李典も同じだ。
「…薛梯殿。少し、外に」
「分かりました」
フラフラとした足取りで李典は外へと出て行った。
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