第2話 襲来(孫権軍)

 壮観だ。万感の思いが孫権そんけんの胸を満たす。眼前に展開している船団を見ていると今度こそ、今度こそと手に力が入る。


「殿。あと1日で着岸致します」


 船外で長江ちょうこうを照らす黄昏の空を眺めていた孫権に呂蒙りょもうが声をかける。無精髭に高身長、筋肉質の鍛えられた体は武人肌と見せつつ知略に長けている。正に文武両道。現在の孫権軍を支える武官の1人だ。


「ああ。皆の様子は?」


「士気は高いです。今回の状況を鑑みれば当然の事かと」


 合肥の守備隊は万よりも下。対するこちら側は10万。西方への備えとして実力者を含む軍を残したとしても幾許か。対してこちらは可能な限りの主力軍を引き連れている。兵数で戦の趨勢は決まらぬと言ったところで数が多いに越したことはない。


「この戦い、勝った。そう思ったところで罰は当たらないでしょうよ」


 チリン、チリン。鈴の音がして誰がやって来たのかすぐに分かった。


 甘寧かんねい。背丈は呂蒙よりも少し低く鋭い目つきは隠そうとしても剣呑な空気を隠しきれていない。錦の腰巻とその上に付けた鈴が他とは違うということを証明している。

 新参の武官ではあるがすぐに孫権軍の主力に上り詰めた凄腕。だが、素行や経歴に色々と問題があるため要注意人物の1人である。


「愚かですね」


 甘寧の軽率な言葉へ淩統りょうとうが突っかかる。


「あくまでも想定を口にしただけだ。文句あるか?」


 売り言葉に買い言葉で甘寧が苛立ちを滲ませる言葉を投げ返す。このまま放置してしまえば帯びた剣を抜きかねない。その場に居た誰もが空気に罅が入り始めていることは察知し、呂蒙が割って入る。


「まあまあ。2人とも。気合が入っているのは結構なところだがまだ曹操軍を前にしたわけではないのだぞ?余計な力を使っている余裕はないのだ」


 冷静に諭す呂蒙の言葉を受けて過熱していた甘寧と淩統は下がる。その間に呂蒙が物理的に割って牽制する。


「しかし…油断はなりません。指揮を執るのはあの張遼。加えて楽進と李典もいると報告にあります」


 気を引き締めるべく呂蒙がこの戦いにおいて重要となる議題を投下する。顔は険しく相当な懸念事項であると伺える表情だ。


「こちらの兵力は圧倒的。このまま包囲していれば自ずと勝つことは出来るだろう」


 呂蒙の言葉に孫権は楽観視している言葉を返す。


「ただ、南群のときみたいに撃って出てこないとは限らないでしょう。その場合を想定しての備えは最低限でも用意すべきかと」


 冷めた淩統が孫権の楽観視を否定して呂蒙に提案する。あの戦いに参加していた呂蒙も当時のことを思い出したのだろう。


「合肥に到着次第すぐに用意させよう。向こうも必死。こちらも一撃で終わらせる気概でやらなければな。ところで、殿。先陣に出られるのは…」


 途中まではキレのいい言葉を口に出すも後半は歯切れが悪い。


「この戦は重要な戦だ。なればこそ、私が見届けなければならない」


 巌を思わせるほどに重みのある言葉を耳にして呂蒙は押し黙る。こうなった孫権は何を言っても撤回しない。


「…分かりました」


 頭を抱えた呂蒙の言葉を最後に幕引きとなった。

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