3-4

 翌日。

 瑞花は美羽蘭と共に、再度桃花宮にいた。


(本当ならば、きたくなかったのだけれど)


 しかし、万姫が瑞花に興味を抱いているということ。そして瑞花自身の力を示さなければならないという点から、彼女が今回の呪いの正体を説明しなければならないのだ。

 そのために、瑞花は桃花宮にいる者たち全員を、一番広い部屋に集めてもらった。


 たくさんの視線を浴びながら、瑞花は口を開く。


「この度は、お集まりいただきありがとうございます。呪いの正体が判明いたしましたので皆様にお知らせしたく、貴妃様にお願いしてこの場を設けさせていただきました」


 そんな前口上を述べてから、瑞花はぐるりと全員を見回した。


「と言いましても、呪いの正体はとても簡単です。皆様のみに起きた現状は、『かぶれ』ですから」

「誰もかぶれるものに触れていないんですよ!? それでも、呪いではないと言うんですかっ?」

「はい。ただこんなにも被害者が出たのは……とある方の策略でしょう」

「……策略?」


 万姫が首を傾げる。

 瑞花は頷いた。


「はい、策略です。それも、自身の犯行の証拠を隠すための、突発的ながら有効な策略でした」


 そう言いながら、瑞花は自身の両手を胸元で掲げて見せた。


「今回被害に遭われた方は、程度の差こそあれ皆様必ず、手にかぶれがありました。人によっては顔や腕にも広がってしまったのは、かぶれるものが付いた手で顔や腕に触れてしまったからです」

「それがなんだというのですか」

「簡単です。犯人は自身の手のかぶれを隠すために、皆様が触れそうなものに触れて被害者を増やしたのです」


 木を隠すならば森の中、そして人を隠すならば人混みの中、という。今回の『呪い』もそのせいだ。

 そしてかぶれというのは、かぶれを引き起こすものが付着したことによって起こる、皮膚の炎症反応だ。よって、『かぶれを引き起こすものが付着した手』で周囲のものにベタベタ触れれば、それは当たり前のように感染る。


「ただ問題は、犯人が何故そのようなことをしたのか、でしょう。――ところで皆様は、この後宮でかぶれを引き起こす植物を知っていますか?」


 瑞花がそう問いかければ、周囲の面々は互いに顔を見合わせた。


(まあ、知らないわよね)


 瑞花も、別に答えを聞きたかったわけではないのでそのまま答えを言おうとしたら、なんと美羽蘭が口を開いた。


「……後宮だと、公孫樹銀杏の実ではないかしら」


 そのことに驚きつつも、瑞花はこくりと頷いた。


「公主殿下の仰る通りです。後宮、そして秋ですと、公孫樹銀杏の実から出る汁がかぶれを引き起こします。そして、独特の匂いを発するのです」

「匂い……」

「はい」

「……それがなんだっていうんですか」


 先ほどから何かと瑞花の言葉に突っかかってくる宮女に、瑞花は微笑んだ。

 前回来た際に美羽蘭と瑞花を見送った宮女だった。


(ちょうどいいわ)


 そう思った瑞花は、彼女の前に歩み寄った。


「貴女。もしよろしければまた、金の簪を貸してはくださいませんか?」

「は」

「だめでしょうか? 今回の一件を皆様に説明するのに必要なのですが」


 そう言うと、周囲の視線が一気に集まってくる。桃花宮の主人である万姫も、さっさと渡せと言わんばかりの視線を向けていた。

 それに折れた宮女はしぶしぶ、挿していた簪を瑞花に手渡してくる。

 それを笑顔で受け取った瑞花は、それを見せつけるように掲げて見せた。


「さて、この簪ですが……」


 そう言うと、瑞花は簪の端を噛む――


「ちょ、ちょっと!?」


 バキッ。


 持ち主である宮女が慌てるのと、簪にひびが入るのは、ほぼ同じだった。


 ぱらぱらとこぼれ落ちていく簪の残骸を見て目の色を変えたのは、この場において数人。

 その主たる面々は、美羽蘭と万姫だった。

 一方の宮女は、簪を瑞花からひったくる。


「な、なんてことをするのよ貴女!? 公主殿下のお気に入りだからと言って、こんなことが許されるとでも!?」

「まさか。ですがこれで証明ができました」

「なんの!?」


「その簪が偽物だということ、です」


 そう言ってから、瑞花はぐるりと桃花宮の女性たち――正しくは、彼女たちがつけている金の装飾品を眺めた。

 そして、偽物だと思ったものを身につけている者たちを指で指し示す。


「貴女がつけている簪も、貴女がつけている首輪も、貴女がつけている耳管も。偽物です。青銅でしょうね」

「せ、青銅!?」

「はい。青銅は、銅と錫を合わせて作られた合金です。そして作り立ての青銅の中で、錫を多く混ぜたものには特徴があります。それは……まるで金のような輝きを持つということです」


 金というのは、金属の中でも柔らかい。そのため、歯を当ててみれば痕が残るのだ。しかし割れてしまったということは、偽物なのである。

 また錫を多く配合した青銅は脆い。なので今回あっさり割れてしまったのも、そのためだろう。


 そして今回顔色を変えた者たちは、金の見分け方を知っていた。だからこそ、あの簪が偽物だということに気付けたのである。


 ただ、合金はあくまで合金だ。となりに並べてみれば一目瞭然である。それでも気付かなかったのはきっと、あの万姫が下賜した品がまさか偽物なわけがない、という思い込みによるものだろう。

 実際、この装飾品の大元になったものは、本物だ。


 周囲に衝撃が走る中、瑞花はいつも通りの調子のまま口を開いた。


「さて、ここで今回の呪いの戻ります。犯人は、金でできた装飾品を盗んでいたのです。そしてそれを隠しておくための場所が、公孫樹銀杏の木の根元だった。今の時季、葉が一面に散っていて分かりにくいですし、実を踏みたくないため人はあまり寄ってきません。そのため、隠し場所としてはちょうどよかったのでしょう」


 あくまで予想だが、まるで見て来たかのように瑞花は語る。そのほうが、犯人に焦りが生まれるからだ。


(別に、もう証拠は揃っているのだしこんなことをする必要なんてないのだけれど)


 それでも、万が一というのがある。

 だから瑞花は、犯人の意識が自分に向くように。そして自分に憎しみを向けるように誘導するために、言葉を続ける。


「しかしここで、想定外のことが起こります。普段であれば持ってきていた穴を掘るための道具を、その日に限って忘れてしまったのです」

「……」

「彼女は焦りました。ですが休憩中にこっそり出てきた手前、戻っている暇はありません。また多忙でしたので、そのときしか埋められなかったのです。だから彼女は仕方なく、手を使って金装飾が入った箱を埋めることにしました」

「…………」

「ですがそのときにうっかり、公孫樹銀杏の実に触れてしまいます。かゆみをこらえながらもなんとか箱を埋めましたが、手は土まみれ、そしてかぶれて赤くなっていました。土を落としたとしても、この赤みだけは隠せません」

「………………」

「だから彼女は、被害者の一人になることで自身が犯人だということを隠そうとしたのです。……違いますか?」


 瑞花はそう言って、目の前の――最初から何かと瑞花に突っかかってきていた宮女に視線を向けた。

 彼女は、桃花宮の宝物庫の管理を任されている宮女だ。


「一体どれくらいの金を盗んできたのですか? 相当稼げていたことでしょう」

「…………貴女の言ったことに、何の証拠もないでしょう? あくまで推測だったと思うのですが」


(やっぱり、数多の回転が早いのね)


 さすが、犯行を隠すために呪いを生んだ人間と言うべきか。

 しかし再度言うようだが、もう証拠は出ているのだ。

 だから瑞花は彼女をあおる意味でも、にこりととびっきりの笑みを浮かべて見せた。


「ああ、別に貴女の自白は必要ないのです」

「……は?」

「だって金を売るのであれば、共犯者が必要でしょう? そして、公孫樹銀杏周辺を掃除していたのはとある宦官のみだったのです」

「……」

「その宦官は今朝捕らえられ、共犯者が誰だったのかを話してくださいました。つまり……もう、証拠は出てしまっているのですよ」


 そう言った瞬間。

 宮女は、怒りをあらわにして瑞花に飛び掛かってきた。


(ああ、怖い)


 しかし演出としては、この上ないくらい上々だ。

 そう思いながらも、瑞花は黙って彼女に押し倒される。


「あんたさえいなければ……いなければ……!」


 そう言い、血走った目で瑞花を見下ろしながら首を絞めてくる彼女を見上げた。

 美羽蘭の声が聞こえ、誰かが彼女を止めてくれたが、絞められた首辺りが痛い。ひりひりする喉元を押さえつつ、瑞花は羽交い絞めにされる彼女を見た。


(ひとまず、丸くおさまった……かしら?)


 わざと煽ったのは、彼女が逃げるために他の宮女たちを人質にしないため。

 そして、今回の一件を美羽蘭が処理できるようにするためだった。


 本来であれば、宮殿で起きた問題を解決する権利は、そこの主人にあるからだ。


(でも私は公主殿下側の人間だから、貴妃様に愛想を振りまく気も、花を持たせる気もないのよね)


 そして瑞花に危害を加えようとしたとなれば、話は別だ。美羽蘭にも介入する権利が出てくるし、事件を内々で終わらせずに済む。そうすれば、万姫の後宮内の株は下がるだろう。現在、皇后になるのは彼女しかいないと言われている後宮内の情勢を、少しばかり調節するきっかけにもなるはずだ。


(後宮において、一人のみに権力が偏るのはあまり良くないもの)


 美羽蘭が管理しやすくするためにも、そして今後瑞花が後宮内で過ごしやすくするためにも、だ。

 そうすることで瑞花は多少怪我はするが、死ぬわけでもない。だからこその行動だったのだが。


「どうしてあんな、無鉄砲な行動をしたのよ!?」


 牡丹宮に戻って早々、瑞花は美羽蘭にしこたま怒られた。


(どうしてこんなことに……)


 そう思いながらも医官に治療され、首に包帯を巻いた状態で臥牀しんだいで数日絶対安静を言い渡されてしまった瑞花は、大人しく自堕落な生活を送ったのだった。

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