3-2
瑞花が桃花宮を訪れたのは、これが初めてだった。
しかし噂では聞いていたため、その内装の華やかさに目を見張る。
外観は他の建物同様、朱塗りのものだが、廊下に置かれている花瓶は細かな絵柄が描かれ、目を見張るほどの美しく塗られているし、花瓶置きも彫り模様が見事だ。
最近、大国ならではの芸術品やその様式についても詳しく書物で調べていたので、それらのお値段が相当なことは瞬時に分かった。
後宮にいる妃嬪の中でも有数の富豪だとは聞いていたが、ここまで違いが出るとは。
(まあ、公主殿下の牡丹宮が比較的質素なのは、動物を飼っていらっしゃるからだとは思うけれど)
同時に、内装はそこに住む主人の性格を表すのは知っている。なので貴妃である万姫は、かなりの派手好きなのだろうなと思った。
そんなふうになんてことない顔をして美羽蘭の後ろについていた瑞花は、客間に通される。
そこは、廊下など比にならないくらい豪奢な空間だった。
金をふんだんに使った装飾品や芸術品ばかり。長椅子に置かれているクッションも金の糸で刺繍されているし、目がちかちかした。
客間は財力を示す場所として一番ふさわしい場所であることは分かるのだが、いささか品がなさすぎるのではないだろうか。
(公主殿下があまり貴妃様に対して好意的でない理由の一つが、分かったような気がするわ……)
そう思いながらも瑞花は、美羽蘭が座った長椅子の後ろに侍女たちと共に控えることにした。
それからすぐに、宮殿の主人が到着する。
「公主殿下にご挨拶いたします」
鈴のように可憐な声を聞き、瑞花は目を見張った。
可憐。可憐だ。柔らかく流れる栗色の髪に、丸い瞳。細く華奢な肢体を赤と金の衣で着飾っている。
貴妃という立場に相応しい気品と美しさを持ちながら、彼女はあまりにも完璧だった。まるで、彫刻家が生涯かけて作り上げた芸術品の人形のようだ。
(これが、噂の貴妃)
しかし同時に、ぞわりと悪寒がした。
彼女の造詣があまりにも、人間離れしていたからだろうか。
否、人間離れした美貌というのであれば美羽蘭もそうだし、皇帝である雲奎だってそうだ。むしろ彼らのほうが美しいと思う。
ならいったいどうして悪寒がしたのか。そして未だにどうして『気持ち悪い』と感じてしまうのか。それは分からない。ただ、今後あまり関わりたくないなと瑞花は思った。
瑞花がそんなことを考えていると、侍女たちを引き連れた万姫がいつの間にか向かい側に座っている。
「この度はわざわざご足労いただき、ありがとうございます。公主殿下」
「いいのよ。それを解決するのもわたくしの仕事だもの」
「ふふ、殿下のお気遣いに、心の底から感謝いたします」
美羽蘭と万姫が互いに笑い合う。すると、万姫の瞳が瑞花に向いた。
「それで、公主殿下。そちらの方が例の、お気に入りでいらっしゃいますか?」
「ええ。瑞花、というの。貴女もわたくしのとなりに座りなさい」
「はい、公主殿下」
気のせいだろうか。一瞬、敵意のある視線を向けられたような気がする。
(公主殿下のお気に入りだからかしら)
しかしそれ以降はそういったものはなく、万姫は美しく微笑んだ。
「公主殿下に頼まれて、様々な問題を解決する手伝いをしていると聞いております」
「はい、貴妃様」
「でしたら、我が宮殿で起きている呪いも解いていただきたいのです」
「承りました。詳しいお話を聞かせていただけますか?」
「もちろんです」
万姫がそう言うと、控えていた侍女たちがすっと音もなく動き出し、客間を後にする。
少しして帰ってきた侍女が連れてきたのは、複数の宮女や下女たちだった。
中には顔が赤くかぶれた痕が残っている者もいた。どうやら彼女たちが、今回の呪いの被害者らしい。
「お二人に、詳しい話をなさい」
「は、はい」
そうして話してくれた内容は、あまり中身のないものだった。
なんせ、本人たちはいつかぶれたのか分かっていないからだ。
「でも、かぶれるようなものに触れた覚えはないんです」
「わたしたちは普通に仕事をしていただけで……」
だから呪いだと言われているのだと、皆口々に言った。
それを受け、瑞花は悩む。
(どうしようかしら……)
症状自体は、ただのかぶれだ。一目見て分かった。なのでここへ来る前までるんるんだった気持ちはだいぶ落ち込んでいる。
しかし瑞花の仕事は、『後宮の問題を片付けること』だ。そしてここで言う問題というのは、何故そんなことが起こったのか、そして呪いの正体は一体何かも含めてである。
ならば。
「……これから、皆様にいくつか質問をさせていただきます」
「質問、ですか……」
「はい」
たとえそれがいかに面倒くさいことでも、きちんと解決する。それが、瑞花のお役目だった。
「難しい質問ではありません。なので一人ずつ、お答えいただけると幸いです」
その言葉を皮切りに、瑞花がいくつか質問をすると、皆不思議がりながらも答えてくれる。
それに耳を傾けながら。
瑞花は、じいっと見つめてくる人形のような瞳から目を逸らし続けたのだった。
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