3. 桃花宮の黄色い呪い

3-1

 その日、瑞花はとても張り切っていた。

 というのも、今回公主である美羽蘭から命じられた依頼が、『呪い』に関することだったからだ――




「今回問題が起きたのはね、桃花宮……つまり、貴妃の宮殿なのよ」


 開口一番、美羽蘭は瑞花にそう言った。彼女はそれを、美味しいお茶と胡麻団子を食べながら聞く。季節だからか、胡麻団子の餡には芋と栗が使われていて、香ばしさの中に季節の味覚が混じっていて美味しい。


(後宮で事件を解決するようになって一番よかったのは、間違いなく美味しいお菓子が食べられるようになったところよね)


 砂糖は高級品だ。それをふんだんに使った菓子であればなおさら。

 そしてつい先日まで、完全に忘れ去られた妃嬪でしかなかった瑞花は、菓子類を食べることはなかったのだ。

 そう考えるとだいぶ出世したなと思いつつ、瑞花は貴妃のことを思い浮かべた。


 貴妃・万姫(ばんき)。

 後宮において最も皇后に相応しい女性と言われている、絶世の美女だ。


 美羽蘭が孤高に咲く高嶺の花だとしたら、彼女は皆に愛される愛嬌のある花というべきだろう。それくらい、美しさと可愛らしさが同居した明るい栗色の髪と丸い目をした妃嬪だ。

 確か十九歳という話だったが、その年齢に反してとても若く見える。かといって童顔かと言われると違う、不思議な女性だった。


 そんな万姫に惹かれてか、妃嬪も宮女も宦官も、彼女のことを終始褒めそやしている。

 また彼女は美しいものを蒐集するのが好きだそうで、侍女から下女まで皆、見目麗しい者たちで固まっていた。友人とされる妃嬪たちも美女揃いだそうだ。

 それ故に、彼女に仕えることができた者はその美しさを認められた者だとして、周囲からうらやましがられているらしい。

 ただ、瑞花はあまり絡んだことがないのでどうとも思ったことがなかった。なので、とても嫌そうな顔をしている美羽蘭の様子が理解できず、首を傾げてしまう。


「貴妃様に何か問題でもございましたか?」

「……確かに桃花宮に問題が起きたのは事実なのだけれど、彼女の目的はどうやら、貴女にあるようなのよ」

「私、ですか」

「そう。わたくしのお気に入りの妃嬪が一体どんな人なのか、それを知りたがっているって噂よ。……それに、わたくしはあの方のことが苦手なのよ」


 そう言いため息をこぼす美羽蘭に、瑞花は目を瞬かせた。


「公主殿下にも、苦手な方がいらしたのですね」

「それってどういう意味? もちろん、いるに決まっているじゃない」

(いえ、だって陛下に対しても全く容赦がないので……)


 そう思ったが、我が身可愛さに口をつぐむ。

 そんな瑞花の様子を受け流しながらも、美羽蘭は肩をすくめた。


「別に、実際に何か諍いがあったというわけではないわ。だけれどなんていうか……気持ちが悪くて」

「気持ちが悪い、ですか」

「……いいえ、こんなこと、貴女に言っても仕方がないわね。忘れて頂戴」


 美羽蘭はそう言うと、ぴしりと人差し指を向けた。


「貴女が覚えておく必要があるのは、貴妃が貴女に興味を抱いているということだけよ。もしかしたら、今回の一件が自作自演の可能性もあるのだから」

「なるほど」


 瑞花はますます首を傾げた。


(私を警戒するなんて、なんて不毛な)


 美羽蘭は確かにこの後宮の管理者で、彼女に気に入られるということはこの上なく名誉なことだが、でも彼女は公主だ。

 そう、つまり美羽蘭はこれから、誰かに嫁ぐ身の上なのだ。そんな彼女に気に入られたとしても、皇后にはなれない。やはり必要なのは、皇帝である雲奎の関心を得ることだ。


 かといって、雲奎は今の今まで、後宮に女性を入れるだけ入れて夜伽に訪れたことがない。それくらい、彼は後宮に関心がないのだ。

 そして美羽蘭のお気に入りとして周囲に認められ始めた瑞花も、皇帝とは上司と部下という関係でしかない。なので貴妃に興味を持たれても困るのだが。


(面倒臭い……できることならば断わりたい……)


 そう思いつつも、それが無理なことを知っている瑞花の気分が最底辺に落ち込んでいたときだった。


「そもそも……呪いの仕業なんて、あるわけないじゃない」


 美羽蘭の言葉に、瑞花は反応した。


「……公主殿下。今回の事件は、呪い絡みなのですか?」

「え、ええ。そうよ。なんでも……宮女たちの体が次々と赤くかぶれてしまったらしくて……桃花宮に仕える者たちを妬んだ女の嫉妬が呪いとなって、彼女たちの身に降り注いだだなんて言われているの」


 美羽蘭の口ぶりからは「そんなこと、あるわけない」という思いが透けて見える。

 しかし、瑞花は違った。


(呪い!)


 人知を超えたモノ。

 それに関わっていたらきっと、瑞花が求めているものにも行きあたる機会があるはず。


 そう考えていた彼女としては、それがたとえ敵地であったとしても、行く理由になる。

 そのため、瑞花はいつもとは違いやる気を見せる。


「公主殿下、その案件、私にお任せください」

「え、え、ええ……」

「必ず解決してみせます!」


 普段ならば絶対に見せないやる気というものを見せてきた瑞花に、美羽蘭は珍しくたじろいでいた。

 しかし瑞花としてはそれより何より『呪い』だ。


 そう思った瑞花は、めらめらと闘志を燃やしたのだった――

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