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 屑籠の中身を毎朝回収していた犯人は、その翌日にあっさり見つかった。

 牡丹宮に配属された下女の一人だ。

 犯行がバレた理由は単純。屑籠にあらかじめ塗っておいた灰が、下女の衣服と寝ている布団についていたからだ。

 そのせいで、牡丹宮の朝はちょっとした騒動が起きたそうだ。もちろん、二重の意味で。


 ちなみにその部分はしれっと受け流した。面倒ごとを楽に片付けようとするならば、別の場所で面倒ごとが引き起こる典型である。いい教訓になったと思ってもらうしかないだろう。


「ああ、やはり犯人は下女だったのですね」


 昼間に呼び出され、そして一通りの説明を受けた瑞花が開口一番そう言えば、美羽蘭が驚いた顔をした。


「まさか、あの時点で誰が犯人なのか分かっていたの?」

「個人までは特定できませんでしたが、どんな立場の人間なのかくらいは」


 今日は白蛇ではなく猫が膝の上に陣取っている。

 どうしてこんなにも唐突に、動物に好かれているのか。

 なんて思いながら、瑞花は努めて冷静に話をした。


「公主様もお気づきの通り、今回の件は犯行と呼ぶにはとても杜撰です。たとえば、中身がなくなっていたのが公主様が身支度を整えるための部屋だったところとか」

「そうよね。もし本当に知られたくないなら、全ての屑籠を空にすればよかった」

「はい。そして誰がやったのかと問われたとき、善意を装って自己申告すれば良かったのです。そうすれば侍女頭はおかしさを感じつつも、その善意の行動を無碍にはできず流す方向を選んだでしょう。実際、助かる行為ですから」


 しかし犯人はその辺りにまで配慮が行き届かない様子だった。つまり、学がない。となると文字の読み書きができない下女辺りだろう。


「また、ここは牡丹宮。公女様が可愛がられている動物たちがたくさんおります」

「そうね」

「そして聞いた限り、動物たちは初対面の方にあまり好意的ではないとのことでした。その時点で、内部犯だろうと踏んだのです」

「なるほど! 確かにここは獣宮殿なんて呼ばれて他の方から嫌われているものね」

(あえて避けた蔑称を、公主様ご自身がおっしゃるとは……)


 しかし本人は気にした風もなく、足元で尻尾を振る犬に干し肉をやっている。

 そんな犬の頭を撫でてから、美羽蘭は微笑んだ。


「確かにお兄様がおっしゃる通り、貴女はとても頭の回る方のようだわ」

「恐縮です」

「それに、わたくしの動物たちに物怖じしないところもいいわ」


 物怖じしないというよりかは、どう対応していいのか測りかねているだけだ。

 それに、人間よりかは害意が分かりやすい点は、何かと巻き込まれて嫌われがちな瑞花としては有り難い点でもある。


「ご褒美に望むものをあげるわ。何がいい?」

「では、龍に関する書物と甘いものを」

「あら、そんなものでいいの?」

「はい、ただ……」


 ただ一つだけ、確認したい点はある。


「犯人の下女は、どうなるのでしょうか」


 その質問に、美羽蘭は目を瞬かせた。


「どうって、どうもしなくてよ」

「……と言いますと」

「だから、厳重注意と誰に指示されたのかを確認しただけで、牡丹宮からの追放はないってこと」

「……そうですか」

「そうして釣れたのも何も知らない指示された子だったから、きっと堂々巡りね。まあ損失は大したことではないし、この件はここまでよ。ご苦労様」


 それを聞き、瑞花はほっと胸を撫で下ろした。


(だって、下女の命は軽いもの)


 祖国でもそうだった。犯人だとバレた下っ端はすぐに裁きを受け、上の位置にいた者の犯行が下の者になすりつけられた瞬間も何度も目の当たりにしている。瑞花が、自分を守るために犯行を暴いたからだ。

 それは瑞花からすると、後ろ盾がない彼女ができる唯一の自己防衛だったが、数々の恨みを買った。


『呪いの姫め! 地獄に落ちろ!』

『お前のせいだ! 絶対に許さない……!』


 そんなふうに恨みの言葉をかけられることなど日常茶飯事だったが、彼らの立場からしたら致し方のないことだと思う。

 だから、今回の下女が牡丹宮から外されるなどという展開にならなかったことに、瑞花はひどく安堵していた。


 だが、疑問が残る。


「何故、下女を外さないのでしょうか?」


 そう問えば、美羽蘭は笑う。


「簡単よ。この牡丹宮で働きたいなんて子が滅多にいないから」

(あ)

「新たに探すのも大変なのよ。それなら許すほうが楽だわ」


 なるほどと頷いていると、それに、と美羽蘭が続ける。


「こうやって恩を売れば、下女がわたくしを裏切る可能性は格段に減るわ。だってバレたら困ると思ったから、黙っていたのだもの。そうでしょう?」


 蠱惑的に微笑む姫君に、瑞花は少なからず圧倒された。そして思わず感心する。


(人の心理をよく理解した、素晴らしい手練手管ね)


 どうりで今まで、この後宮をまとめ上げてこられたわけだ。

 瑞花は改めてそれを感じ、心の中で白旗を振った。


 そんな瑞花に笑いかけながら、美羽蘭は言う。


「そうそう。瑞花、貴女もわたくしの宮殿のそばに引っ越しなさい」

「……はい?」

「というより、もう頼んでしまったわ。おめでとう、今日から貴女はわたくしのお気に入りよ」


 にっこり。

 そんな効果音がつきそうなほどいい笑顔で言われてしまい、瑞花は固まった。


(確かに、ここまで公主様の宮殿に足を踏み入れていたら、私がお気に入り扱いされるのも時間の問題だったけれど)


 了承を取る前に行動に移す点は、さすが皇族と言っていいのではないだろうか。

 しかしそれを否定する理由が、瑞花にはない。既に皇帝の頼みを引き受けた以上、これからも公主を橋渡しとして情報共有することはほぼ確定事項だったからだ。


(ただ、ここでお眼鏡に敵わなかったら、何か別の方法でとなっていたのかもしれないけれど)


 きっとそれは、瑞花を守ってはくれないだろう。

 面倒ごとに巻き込まれるのならば少なからず、権力者の庇護下にいたほうが安全だ。


「ご配慮、痛み入ります」


 だから瑞花はそれだけ告げ、ぺこりと頭を下げたのだった。


 しかしこの一件は、ここで終わらなかった――

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