2.屑籠の中身は何処へ

2-1

 皇帝――雲奎うんけいは、予想外の存在の登場に少なからず驚いていた。

 そう。霊体の彼を見ることができた島国の姫、瑞花だ。


 なにせ生まれてからこの方一度も、霊体の雲奎を見ることができた人間はいない。それがたとえ道士や方士といった霊感がある人物でも同様だった。


 それなのに異国の姫にそれが見えるなんて。


 もちろん、雲奎の好奇心を刺激したのは確かだが、それ以上に警戒心が湧いたのも事実。

 だからこそ彼はあえて自分の秘密を話して脅した上で、瑞花を自分が対処しやすい位置に置くことにしたのだった。


 瑞花に役目として後宮の面倒ごとを片付けるように言ったのは、彼女の推理力を見込んでのこともあったが、どちらかと言うとそのついでである。

 しかし、雲奎には予感がした。彼がずっと頭を悩ませ続けてきた後宮の面倒ごとが片付きそうな予感が。


 あの姫にはそんな、周りを巻き込んで掻き乱す力があると、彼の本能が伝えてきたのだ。

 そのために最初に与えた案件は、公主に頼んだ。自身の妹ながらしっかりしているので、そこは大丈夫だろう。


「さて。異国の姫が一体、後宮にどんな影響を及ぼすのだろうな?」


 そう声を弾ませ呟き、雲奎は手元の書類に再び目を落としたのだった。



 ◇◆◇◆◇



 龍。それは、この大国で神として崇められている高貴なる不老不死の生き物。

 その体は美しく雄々しく、見る人を魅了するという。

 そしてこの大国の皇族は、その龍の子孫なのだ。

 故に、長寿を望む大国民たちの多くは、龍と竜の子孫である皇族を深く信仰しているのである。





 ――というのが、世間一般で知られている話。


「けれど違うの。本当はね、龍から祝福されたってだけなのよ」


 膝上で甘える白猫を撫でながら。そう語りかけ、可愛らしくも蠱惑的な笑みを浮かべるのは、牡丹宮ぼたんきゅうの主人である公主・美羽蘭みうらんだった。皇帝同様、銀髪と琥珀色の瞳をしており、人間離れした美しさを持っている。

 朱安という土地をもらっているため朱安しゅあん公主と呼ばれる彼女は、十四歳という若さで後宮の主人を務めているからなのか、それとも皇族だからなのか。堂々たる佇まいをしていた。その美しい顔立ちに幼さが残っていなければ、彼女が年下だということを忘れてしまいそうだった。


「そして不老不死なのは、皇族の中でもお兄様だけなの。それは忘れないでね? もちろん、誰かに言ってはだめよ」


 そして瑞花は向かいの椅子に腰掛けながら、美羽蘭の語りを無言で頷きながら聞いていた。――首に、白蛇を巻き付けながら。


(……この蛇、どうしたらいいのかしら……)


 もちろん、不届きな蛇ではなく、美羽蘭が飼っている由緒正しき蛇だ。なんとシュエなんていう名前までもらっているらしい。

 赤い目に白い鱗を持つその姿は、大変美しい。

 しかし、公主に呼び出され、話をすることになった瞬間これだ。


(これもしかして、変なことを言ったら首を絞めるぞ、という暗喩だったり……?)


 なんてことを思いながらも茶菓子として置かれていた柿をもぐもぐと食べていると、美羽蘭が目を瞬かせる。


「ところで瑞花」

「はい、公主様」

「……わたくしが言うのもどうかと思うけれど、蛇が気になったりはしないのかしら?」

「気にならないこともありませんが、今のところ害はございませんので。個人的に、人のほうが何を考えているか分からず怖いですし」


 それに確か、蛇の中でも白、通称アルビノ白化個体と呼ばれる種類は無毒だと書物で読んだ。ならば毒で死ぬことはないだろう。死んだらそれまでだし。


(あと蛇より、国家機密であろうことを世間話のように話されていることの方が怖いですし)


 なんてことを思いながらも、柿の甘さをゆっくりと噛み締めていると、美羽蘭が耐えきれないと言った顔で笑い出す。


「やだ……お兄様が面倒を見て欲しいというからどんな方かと思えば、本当に酔狂な方ね」

(こんなにも動物を飼われている公主様と比べれば、私なんて普通だわ)


 とは言わず、にこりと曖昧に微笑んでおく。


「ちなみに、わたくしも驚いているのよ。雪はあまり他人に懐かないもの。貴女もしかして、動物に好かれる方なの?」

「……そのようなことはなかったと思いますが……」


 少なくとも、祖国にいた頃は逆に避けられていたと思う。なので本当に意外だ。

 そして別に首を絞めるという暗喩ではなかったらしいので、少しホッとした。


 瑞花が勝手に胸を撫で下ろしていると、美羽蘭が「さて」と言いながら持っていた茶器を円卓の上に置く。


「それでは、本題よ。後宮の面倒ごとを解決する。それが貴女に与えられたお役目だけれど、早速一つ解決して欲しいことがあるの」

「なんでしょうか?」

「実を言うとわたくしの部屋の屑籠が、毎朝綺麗になっているの」

「……それのどこが問題なのでしょうか?」


 何が言いたいのか分からず瑞花が首を傾げると、美羽蘭はにこりと微笑んだ。


「そうね、もう一度詳しく言い直しましょう。――毎朝必ず、わたくしの部屋の屑籠だけ・・が綺麗になっているの」

「それは……」


 少し考えてから、瑞花は美羽蘭を見た。


「確かに、おかしいですね」

「そうでしょう?」


 さらに詳しく話を聞くと、こういうことらしい。


 事が発覚したのは、一週間ほど前。気づいたのは美羽蘭の侍女頭だった。

 毎朝必ず、美羽蘭の部屋――ここで言うのは彼女が普段身支度をする際に使っている場所――の屑籠の中身だけ、綺麗さっぱりなくなっているらしい。


 そういったものの処理は状況に応じて行われるが、一箇所だけなくなっていることを不審に思った侍女頭が、牡丹宮で働く者たちに聞いたが、誰も知らないという。

 その後も毎朝屑籠の中身がなくなる件は続き、さすがにどうしたものかと思ったそうだ。


「だって、ただの屑籠の中身よ。元から捨てるはずだったものだもの。それを確認するために、わざわざ見張りをさせるなんて馬鹿馬鹿しいじゃない?」

「おっしゃるとおりです」

「困るものを盗まれたわけじゃないから、わざわざ犯人探しをするほどではない。だけれど流石にこうも続けば気持ちが悪い。だから何かいい方法、ないかしら? できれば、楽な方法で」


 自分たちで解決することはできる。だけれどわざわざ労力をかけたくはない。

 つまりはそういうことだろう。


(確かに私も、こんなことのために夜中に見張りをしたくはないわ……)


 そして何より、瑞花の実力を図るにはちょうどいい、簡単な問題だ。


 瑞花は少しだけ考えるそぶりを見せてから、にこりと微笑んだ。


「でしたらひとつ、やっていただきたいことがあります」

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