第5話 旬の正体

( 6 )


 西の丸の座敷には、古の絵巻のような装束に身を包んだ女人がずらりと並んでいた。


「女院御所の侍女たちですよ。いずれも公家の名家の姫君。この機会に仲良うあそばせ」


 と朗らかに口火を切ったのは北政所だ。いちの隣に座り、あれこれと侍女たちについて教えてくれる。しかし、いちは旬のことばかり考えていて、全く頭に入ってこない。


「今の関白さまが帝にお話しして、更に女院さまが取り持ってくださると仰っての。このように素晴らしい話、そうそうあるまい」


 黙り込んだいちのことは気にせず、北政所は興奮した様子で淀の方に語りかける。


「九条の若君が姫を見染めたとは……お人違いではありませぬか?」


 淀の方が平坦な物言いで返すと、北政所がえくぼを見せて笑った。


「それがのう……」

「九条の若さんは、己の若紫を自分で見つけるのが信条ですの」


 と話に加わったのは、小野於通である。優美な所作で茶碗を傾け、とろりと微笑む。


「お仕事のない日は山楽殿についてまわって、絵師に扮しているのですわ」


『絵師』と言う言葉に、いちの意識が引き寄せられる。於通は嫋やかに続けた。


「公家のお姫さん達の間では有名で、九条の若さんが絵師として訪れる日を、今日か明日かと待ち焦がれているのです」

「於通は意地悪(いけず)やなあ」


 柔らかくもしなやかな声が広間に響く。


(この声……)


 いちは心臓が早鐘を打つのを感じながら、ゆっくりと振り返った。開かれた障子の向こう、藍染の直垂を着た貴公子が立っていた。


「僕にいいとこ見せんつもりやろ」

「まあ、ずいぶん男前になりましたこと」


 貴公子はついと上座に視線を向けた。淀の方の顔が蒼白になる。


「ま、まさか……冗談も大概に……」

「淀殿、豊臣の若さんとの相撲、大変楽しませてもらいました。関白の息子同士、気が合ってこんな遅くまで遊んでしもうた」


 なあ? と旬が肩越しに振り返る。そこには、睨み殺さんばかりの表情の若君がいる。


「旬……?」


 いちは何がどうなっているのか分からなかった。混乱するいちの前に、旬が片膝をついた。その頬は痛々しく腫れ、目元は青く痣になっていた。


「いちのおかげで絵も無事や。どっこも傷ついてない。ありがとう」


 傷だらけの旬は、優しくそう言った。いちはたまらなくなってその首にかじりつき、声をあげて泣いた。

 旬はいちを抱き上げて、上座で呆然としている淀の方を見据えた。


「徳川の家から、この姫を養女にすると申し出が来とる。僕としては、いちと添えるんなら徳川だろうが豊臣だろうがかまへん」

「ふざけるな、いちはわしの――」

「秀頼、おやめ!」


 淀の方の叱責が飛ぶ。旬は鼻をならし、北政所を見た。


「僕もお父(もう)さんも、どっちでもいいよって。豊臣で話つけてください」

「ありがとう、幸家殿」


 と北政所は三つ指をつき、いちを見つめた。


「姫、大坂城から出て行きなされ」

 

 それは、解放の言葉だった。

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