クリスマスをもう一度
@kouunkumo
第1話
「キリストを再誕させる」
そのために、お前は祈りを集めろ。
聖夜まで残り100日。十字架に磔にされ四肢を釘に打たれた男が眠る聖堂。
そこで鷲面の上長は言った。
上長は無駄を嫌う。余計な説明は下僕である僕には何もしてくれない。
それに、聖書にやり方は全て書かれている
僕はとりあえず、上長から日頃から読み込むようにと渡された聖書と、簡単な手荷物を持って外へ出た。
灰に混じり、鉄錆の臭いを染み込ませた雪が降っていた。
赤い雪を被り、破壊された街灯に押し潰された死体があった。
爆発に巻き込まれ、体内を破片が暴れ回ったであろう死体があった。
体全体を投げ出したように、強大な力が頭を貫いた子供の死体があった。頭のほぼ全てが吹き飛び、白と赤の中身が溢れていた。
芋虫のように命を失った肉体がいくつも横たわっていた。
『神に見捨てられた世界』
かつて、上長は惨状をこう言い表した。
「誰か、誰か」
男の唸り声が聞こえた。
それがどの死体から聞こえたものかは分からなかったが、道端に瓦礫に支えられながら、横たわったものが蠢いていた。
それに駆け寄った僕は、灰色の戦闘服を着たうつ伏せの男をひっくり返す。彼の右の太腿が異常に細いと思えば、骨が見えるほど肉を削られていた。
「バンドは」
「ああポケットだ、右の……あぁ」
痛みに喘ぐ軍人。その胸ポケットを容赦なく漁る。お目当ての医療用バンドを取り出し、右大腿部の付け根に巻き付けていく。ギチギチと音が鳴るほど、右足を締め落とす程締め付ける。
これをやれば、足の切断は避けられないが、命は助かる。だが、その強烈な痛みに、彼の訴えは喘ぎから叫びへと変わった。
「静かに」と言っても、黙らないことはわかっている。あまりの痛みに、黙れないのだ。
羽音が聞こえた。
虫の羽ばたきではなく、人工の殺意の音。ドローンだ。
音を聞く機能は備わっていないはずなのに、叫びを聞きつけたように寄ってくる。断末魔を悦ぶ悪魔のようだ。
素早く手回りの良い散弾銃を取り出し、後ろを撃ち抜く。制御を失ったドローンは墜落し、爆弾を積んだ体を建物に打ち付けた。
痛みの落ち着いた、感覚の無くなった軍人が羨むように見つめてきた。そして、内側の胸ポケットから穴の空いた写真を取り出す。
「娘が……いるんだ、ここに。頼む」
僕はその写真を受け取り裏に書かれた住所を確認する。聖堂に男を投げ出してから、一先ずの目的地として向かった。
三人の下半身をさらけ出した男の死体と、股から血を垂らした年端のいかない少女。体は生きているが、目は死んでいた。
躊躇なく撃った散弾銃に弾を詰めて、ナイフの血を拭う。そして、少女に毛布をかけた。
僕は少女の名前を呼ぶ。少し目に光が戻ったが、心は戻らなかった。『祈りを集めろ』その言葉を思い出した僕は聖書を彼女に渡し、暫く世話をした。
「お姉ちゃんは、優しいね」
住処を移しながら、数日経った頃、唐突に彼女は喋りだした。僕は特別何かを言う訳ではなく、「男だけどね」と言い返した。
「祈りを集めるって、これでいいのかな」
曲がっていた背を伸ばした彼女に言う。
「そう。人を助けるの。助けられた私が言うのだから、間違いない」
彼女の手には聖書があった。
それから僕達は見捨てられた世界を歩き回り、食料を失った孤児、足を失った青年、殺人の罪に囚われる軍人など、救いを求める人たちを助け、聖書を見せた。この世界には助けを求める人間など見渡せばいくらでもいるのだ。
そして、僕達は大所帯になり、聖夜はやってくる。
「よくやった。これは、十分な祈りだ」
跪いた僕に、鷲面の上長は告げる。
「これで、神は再誕する」
いつもの冷たい言葉には、少なからず興奮が含まれていた。
体を起こした僕の体を、銀の槍が貫いた。
貫いたのは右足の無い軍人。
誰もそれに疑問を思わない。僕ですらも。
誰もが聖書を持っている上長が読み上げながら、僕は十字架に掲げられる。
そして、聖夜は、再び訪れる。
クリスマスをもう一度 @kouunkumo
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