第2話 沙耶香ちゃん、舐めたい
......どうしよう。
キス、したい。
沙耶香ちゃんに、キスしたい。
まだディズニーランドに来たばかりなのに。私の思考は煩悩に満たされてしまった。
さっきから、沙耶香ちゃんの桜色の唇ばかりが視界にちらつく。
ああ、あのリップ。お揃いで一緒に買ったやつだ……
「レイちゃん? そろそろお腹空かない?」
「えっ?」
そう言って沙耶香ちゃんが指差したのは、チュロスのワゴンだった。
通常売っているチョコレート味の他に、ハロウィーン限定のパンプキン味があるみたいで。甘いものが大好きな沙耶香ちゃんは瞳を輝かせて、わくわくとしている。
……可愛い。食べちゃいたい。
チュロスじゃなくて、沙耶香ちゃんを。
「いいね。二種類買って、シェアしようか」
――そうすれば、間接キスできるから。
私は何事もなかったかのように、チュロス屋の最後尾に並んだ。
沙耶香ちゃんがチョコレートを大好きなことは知っている。
私は、半分より少し多くなるようにチョコレートチュロスを齧って渡した。
沙耶香ちゃんは律儀にも、「えぇ!こっちのが多いよぉ!」なんて言っているが。
「私と沙耶香ちゃんの仲でしょう? いいよ、遠慮しなくて。沙耶香ちゃん、チョコ好きだもんね。じゃあ、私は代わりに、パンプキン多めに貰おうかな」
「いいのぉ!? でも、レイちゃんだってチョコは好きじゃあ……?」
「いいのいいの」
私はチョコレートよりも、沙耶香ちゃんが好きだから。いいの。
結局はお言葉に甘えて、多めのチョコレートチュロスを頬張る姿もリスみたいで可愛い。可愛いなぁ……
なんて。至福の時間に浸っていると、不意に沙耶香ちゃんの口元が砂糖だらけのことに気づく。
私の喉は、思わずごくりと鳴った。
(……舐めたい。)
「沙耶香ちゃん、口に砂糖が……」
ポケットからティッシュを取り出して拭こうとすると、沙耶香ちゃんはピンク色の舌を出してぺろぺろと口の周りを舐めた。
私の鼓動が、ドキドキと早くなるのを感じる。
でもまだ、舌が届かない部分に砂糖が残っている。
(舐めたい……!)
でも、いくら友達同士でも、それはさすがに引かれるだろう。
まだディズニーランドには入ったばかりなのだ。早々に気まずくなって今日という日が台無しになるのは絶対に避けたい。
私は沙耶香ちゃんに寄り添うように傾きかけた身体を律して、指先でその砂糖を掬い取った。
そうして、自身の口元に持っていき、舐める。
「……ん。甘い」
さっきまで沙耶香ちゃんのほっぺについてた砂糖だもんね。
そりゃあ甘いよ。最高に。
「わわっ! ほっぺの近くにまで砂糖ついてた!? 恥ずかしい……! レイちゃん、取ってくれてありがとう」
「いいよ。私と沙耶香ちゃんの仲でしょう?」
本当は、その『仲』をもっと深めたいと思っているのは内緒だ。
でも、今日はもうちょっと踏み込みたいと思っているのも事実。
それに、今日の沙耶香ちゃんはディズニーに来て浮かれているのか隙だらけ。
まぁ、ぶっちゃけいつも隙だらけでそこが可愛いし、だからこそ、同じ下校時刻にバス停で顔を合わせる他校の男子なんぞに間違っても取られたくないんだけど……
ちら、と沙耶香ちゃんの顔を伺う。
残りのチュロスを頬張っている沙耶香ちゃんは、もぐもぐと、大きな瞳でこちらに視線だけを寄越す。
目が合った沙耶香ちゃんは、にこ!と笑った。
「楽しいね!」の意味を込めて。
それくらいわかるよ。だって、私と沙耶香ちゃんの仲だもの。
「やっぱりディズニーは楽しいね。何回来ても最高」
私は沙耶香ちゃん以外とはディズニーには来ないから、ディズニーに来る日はいつだって最高の気分なんだよ。
でも、さっきの笑みから察するに、沙耶香ちゃんは今日ご機嫌MAXだ。
……キスしても、怒られないかな?
そんな淡い期待が胸に渦巻く。
私の気持ち、一ミリもわかっていないわけじゃないんじゃない?
本当はまんざらでもない?
だって私、さっき、指先で砂糖を掬って舐めたんだよ? まるでカップルみたいな仕草じゃない。沙耶香ちゃんは、なんとも思ってないのかな?
ディズニーランドは夢の国。
だから、今日は勇気を出しても全てが『夢』で終わる気がして。
少しの気の迷いも、許される気がして……
私は尋ねた。
「沙耶香ちゃん。さっきの……その……イヤじゃなかった?」
「へ? 何が?」
「沙耶香ちゃんの口についた砂糖、咄嗟に舐めちゃったこと……」
少しでもいい。私のことを意識して。
縋るように問いかけると、沙耶香ちゃんは今頃になって気が付いたように頬を染めた。照れるように、慌てるように。
(頬染め沙耶香ちゃん、可愛い……!!)
私は思わず、「んぐ!」と咽込む。
すると、沙耶香ちゃんは慌てて小さなポシェットからティッシュを取り出して。さっきのお返しとばかりに「大丈夫?」と差し出してくれた。
――今。この手を握って引き寄せたら、キスできるな……
幸い背後は植え込みで、人に見られることもない。
もし沙耶香ちゃんがまんざらでもないと思っているなら、拒否される理由もない状況だ。
私は咽ながらも欲望を巡らせる。
「レイちゃん?」
「あっ。なんでもないよ。ただ、舐めちゃったこと、沙耶香ちゃんがイヤじゃなかったならそれでいいんだ……!」
慌てて手を振ると、沙耶香ちゃんは鈴を転がすようにくすくすと笑った。
「レイちゃん、比較的クール系なのに。そんな慌てた顔久しぶりに見たよ。合宿のお風呂場で私がブラジャー無くしたとき以来?」
「あはは。そんなこともあったねぇ! 夏合宿だっけ? 結局、間違って隣の籠に入っててさぁ……」
「そうそう!」
ふたりして思い出話に花が咲く。
この瞬間が、私は一番好きだ。
でも、沙耶香ちゃんのことはもっと好き。
視線が合うと、沙耶香ちゃんはいつもより少し甘く微笑む。
「私はイヤじゃあなかったよ。レイちゃんは私のことをいつも甘やかしてくれて、優しいなぁって思った」
ふわ、と目を細めて笑う沙耶香ちゃんは今日もマジ天使で……
(……え? あれ?)
ワンチャン、いけるんじゃね?
と思ってしまった。
※あとがき※
気分で始めた百合短編です。
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【短編】好き。好き好き好き好き……沙耶香ちゃん 南川 佐久 @saku-higashinimori
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