第59話

村長 昔のフラワーツリー


あの愚者の塔ができたのは、わたしが子どものころでした。ある日突然出来上がったんです。『雨後のたけのこ』という言葉がありますよね。あんな感じでした。巨大なたけのこが地面から生えたみたいに、朝起きたら塔が立っていた。


最初は村のみんなで話題にもなりましたよ。とても大きいものが一夜にしてできたんですから、みんな塔について話をするわけです。この辺りは娯楽の少ない田舎ですから……。勇者様はもっと都会のいろいろ楽しいことを知っていらっしゃるでしょうが……。


それはもういろんな噂がありました。魔王の秘密拠点とか、教会の兵器とか、そんな荒唐無稽のものばかりでした。ギルドの隠し金庫という人もいましたね。わたしも子ども心にワクワクしました。幼かったんですね。なにかわたしの人生が変わると思ったんです。


友人何人かと連れ立って、塔の近くまで行きましたよ。わたしは怖くて中には入れなかったんですけどね……。いい思い出です。ダンジョンの中には、そのころにはもう魔物が住み着いたんですよ……。まぁいまほど強くはなかったみたいですけどね。


最初に花が出たのは、わたしの友人でした。その子は幼いころから喘息がひどくて、外では遊べない子でした。内向的で本ばかり読んでいたんですね。両親が裕福だったので、村長の息子であるわたしともつるんでいたんです。

ある日、その子の口の中から花が出てきた。


訳が分からないですよ。村の祈祷師に頼んで診てもらいました。祈祷師もちんぷんかんぷんです。こんな事例は、見たことがないと……。ただ一つその子の体に大きな変化がありました。もちろん外見は異常でしたよ、耳や目の中から花が出てくるんですから。それ以外にも大きな変化があったんです。

その子の持病の喘息が治ったんですよ。病弱だった彼が野山を走り回れるようになったんです。彼は嬉しそうに走っていました。

小さいころから外へあこがれを持っていたんです。


“外で遊びたい”“村の外の景色をみたい”“あの山のふもとには何があるんだろう”“川はどこから来るんだろう”“あの塔には何があるんだろう”その子の口癖でした。


でも周りの大人はその子を忌避しました。正直わたしも彼が不気味でした。気味が悪かったんです。あまりにも異質でした。勇者様もわれわれの村人を見てどう思いましたか?怖くなかったですか?

この後のわたしたち村人がとった行動をどうか責めないでいただきたい。ですが、赦してほしいわけでもないんです。わたしたちが望むのは小さな幸せです。

たとえ間違っていても、不気味でもわたしはこの村を守らなくてはいけないんです。


話をもどします。

その子は隔離されました。村のはずれの小さな小屋の地下に閉じ込められたんです。

なぜなら……。その子の飼っていたカブトムシから花が咲いたから。


その子は友達も少なく、虫を取ってきて育てていました。ほんとうにかわいがっていましたよ。ベッドの中にも持ち込んでいました。両親は嫌がりましたがね……。まぁこれくらいしか彼の生きがいはなかったのですから、あまりうるさくは言わなかったようです。

そのカブトムシから花が咲いたんです。カブトムシは冬を超えられません。本来なら死ぬはずなんです……。ただ、その子が大事に育てていたカブトムシは冬を生き抜いたんです。怖くなった両親が、そのカブトムシを殺すまで……。


その子の両親は、村長であるわたしの父に相談しました。

わたしの父はすぐに隔離を命じました。父は花を感染症だと判断したんです。

わたしの父は優しいけれど、厳格な父でした。わたしは今でも父の判断を正しかったと思っています。この後の決断も含めて……。

父は知っている範囲では最高の決断をした。わたしにそこを責める気持ちはありません。


その子は隔離されたと先ほど言いましたね。あれは少し嘘です。

彼は閉じ込められたんです。ほんとうは殺される予定でした。父は村を守るためにそういう指示を出した。ただ、そのこの両親が泣いて懇願するので父も迷ったのでしょう。死刑は行われませんでした。


一生その子は地上に出ることが叶わないけれど、生きることは許されました。


そしてそうしてみて一つわかったことがあります。

花は闇の中で、恐ろしいほど速いスピードで生長するんです。

彼を閉じ込めた小屋は今ではもう、花屋敷と化しています。


そしてすでに花は村のいたるところに食い込んでいた。

例えば、村人が些細なことで指を切る。そこから花が咲くんです。

魔物に腕を落とされる、そこへいつのまにか花が咲くんです。

花は太陽があれば抑制できます。そして、失われた能力を支えてくれる。

指が落ちれば、指の代わりになる。腕が落ちれば腕の代わりになる。

目を失った村人は、再び見えるようになっています。それがどういう理屈かは全く分からないのですが。


あの子が身をもって教えてくれたことです。思い返してみればあの子が花を咲かせた部分も、喉だったんです。花は彼の喘息を直してくれていた。


さぁ勇者様つたない話で申し訳ありませんでした。

ここからが、わたしのお願いです。

どうか、村はずれの小屋へ行って彼がまだ生きているのか確認をしてくれませんか……。わたしどもだけでは、あの花屋敷は突破できません。花は宿主である彼を守ろうとしているのか、われわれを攻撃をしてきます。

どうか勇者様、あの子がどうなったかだけ確認をしてほしいのです。

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