第55話

ルーク 旅立ち


ルークは旅支度を整えた。

次に目指すべきは『愚者の塔』。多くの勇者たちが挑んでいったダンジョンだ。


カイザー様がいたらきっと浮かれていただろう。ルークは思う。

愚者の塔にまつわる勇者たちの逸話は多く残っている。


特に10代目勇者のオルカは秀逸だった。

当時魔法使い見習いだったオルカは愚者の塔を上った。賢者と話がしたいがためだった。


オルカが勇者になって初めて挑んだのが『愚者の塔』だった。

多くの人がオルカを止めたが、オルカは止まらなかった。

“おれは賢者に会いたい”オルカは言った。


愚者の塔は難易度がたかく、魔法使い一人での踏破は不可能と言われていた。しかし、オルカは隠密魔法を駆使して魔物を一人も倒すことなく登り切ったのだ。それも一夜にして……。


一説には、賢者がオルカの才能にほれ込んで手引きしたともいわれている。


弱かったオルカは魔法の使い方を徹底的に研究することで10代目勇者となった。その努力と研究熱心さは勇者にふさわしかった……。



「ルーク!なにぶつぶついっているの。早くいくよ」サスケは言った。

ルークは我に返った。どうやら独り言をいっていたようだ。ルークは恥ずかしくなる。

“これではまるでカイザー様のようだ……”ルークは思った。


カイザー様は本当にひとり言が多かった。とくに勇者関連の話になると止まらなかった。

ルークは思い出を振り払うと、勇者の剣を握りなおした。

“カイザー様に少しでも近づけるようにおれも頑張ろう”ルークは思った。


ルークはサスケとエキドナに追いつくと、地図を広げた。


バンブーアンダーの街から愚者の塔までは大した距離じゃない。

歩けば三日ほどでたどり着けるだろう。

“一度新しいチームでの連携について確認した方がよさそうだ”ルークは思った。

パーティーにエキドナが加わったことで連携が大きく変わる。

今まではカイザー様が指示を出してくれたが、今度からはルークが指示を出さなければならない。ルークは改めて勇者の難しさを考えた。


「エキドナさん、僕と戦っていただけますか?一度エキドナさんがどこまで戦えるかを確認したいのですが」ルークは言った。


それを聞いてサスケの目が輝く。

「いいね、それ面白そう。わたしも戦いたい」サスケは言った。

エキドナは妖しく笑う。

「それは面白そうね。わたしもサスケちゃんと戦ってみたいわ」エキドナは言った。

どうやらエキドナはサスケに笑われたことを根に持っているらしい。なんだか雲行きが怪しくなってきた。ルークは待ったをかける。



「いや、サスケはいいよ。今回はエキドナさんの能力を確認したいだけだから……。おれとエキドナさんだけで模擬戦しよう」ルークは言う。

内心の嫌な予感を振り払うために、ルークはあわてて取り繕った。

サスケとエキドナの間にバチバチと火花が散る。

“あれ?おかしいな。こんなはずじゃなかったのに……”ルークは思った。


「そうよサスケちゃん。ルークくんはわたしをご指名なの、ばか舌(じた)はその辺で草でも食っていたらどう?」エキドナは言った。

「あ?なんだてめー。草くってもおいしいわけないだろうが。表へ出ろ」サスケは言った。

ルークは慌てていさめようとするが、もう手遅れだった。

ルークの“おいしい草もあるよね”という発言は誰の耳にも届かなかった。


サスケとエキドナの魔力が膨れ上がる。

ルークは慌てて勇者の剣を起動する。光の剣が二人の周りに結界を作った。

“これで周囲への被害は防げる”ルークは思った。


そこでルークは自分が結界の中にいることに気付いた。

ルーク自身が結界の外に出るのを忘れたのだ。

“何やってんだ……おれのバカ”ルークは思った。


後悔してもすでに遅い、二人は臨戦態勢に入っていた。


先に動いたのはエキドナだった。

「くたばれ味音痴」エキドナは言った。

エキドナは髪の毛を引き抜くと大量のチビエキドナをつくりだした。チビエキドナはルークの腰ほどのサイズだった。見た目にはとてもかわいらしい天使に見える。

ルークは目を見張る。

“なるほど、分身の術か……これは陽動に使えそうだ”ルークは思った。

ルークは気づきをメモする。この情報がもしかしたら先々の戦いで役に立つのかもしれない。ルークは勇者として少しでもできることはないかを探していた。


サスケはエキドナをあおる。

「お、天使ギャグかな。せいぜい笑わせてよ」サスケは言った。

エキドナはサスケのあおりには乗らない。チビエキドナに指示を出す。

チビエキドナたちは空を飛ぶと一斉にサスケに向かって行った。10体ほどのチビエキドナがサスケに迫る。

“分身の動きもなかなか早いな……。これなら十分実践で使える”ルークは思った。紙にメモを忘れない。

サスケは手裏剣をまとめて投げる。チビエキドナの何匹かを落とすと、チビエキドナの群れに突っ込んでいった。チビエキドナは攻撃手段をあまり持っておらず、突撃するくらいしかできなかった。サスケは一匹ずつ最小限の動きで仕留めていく。羽を切り落とし、首を刎ねる。小さい天使が無残に墜落していく。

“なるほど、チビエキドナはあんまり攻撃手段を持っていないんだな……。なにか武器を用意する必要があるな……。それにしてもサスケは倒し方がえぐいな……。ちょっと悪魔に見えてきた”ルークは思った。


ルークはサスケの中にある『冷徹な意思』に気付いていた。おそらく忍者の血がそうさせるのだろう。サスケはルークと違い、情にほだされない。その冷徹な意思もサスケの魅力だった。ルークはその気づきもメモ帳に書いていく。


エキドナ本体も動きを見せた。

エキドナは空中から弓を取りだした。ルークは“新しく得た天使系の能力だろう……”とあたりをつけた。天使に弓は相性がいい。エキドナは矢を魔力で作ると、弓にセットする。

エキドナが狙うはサスケ。サスケはチビエキドナをさばいている。


エキドナが矢を放った。


“速い!”ルークは思った。矢はまっすぐサスケめがけて飛んでいった。吸い込まれるかのようにサスケの瞳へ。サスケは首をひねって直撃を回避すると、笑った。

“このチビエキドナの陽動と弓矢のコンボ!なかなか攻略は難しそうだぞ、どうするサスケ!”ルークは思った。

ルークは手に汗を握る。エキドナには申し訳ないが、ルークはサスケの味方だった。

そして、魔族のころのエキドナならともかく、今のエキドナではサスケに勝てないと思っていた。

現在のエキドナはルークと同等の実力。そしてルークの読みでは、サスケはルークより強かった。


エキドナはさらに多くの矢をつがえた、今度は3本。さらに矢には、ひねりと回転が加わっている。エキドナにしかわからない軌道を描いて矢は飛ぶ。

“エキドナさん弓矢の使い方についても急速に学習している……。さすがの経験値だな”ルークは思った。


サスケはチビエキドナをすべて始末すると、エキドナの元へ走った。

サスケの存在が消える。サスケの技『影渡り』だ。飛び出したのはエキドナの影から、完全にエキドナの背後を取った。

エキドナがにやりと笑う。

「まぁサスケちゃんが『影渡り』するのは読めるのよね」エキドナは言った。

エキドナは構わず矢を放つ。矢は前方へは飛ばず、エキドナの背後へと向かった。

“そんな軌道ありか!”ルークは思った。

ただしサスケはエキドナが“何か”を仕掛けてくると読んでいた。サスケはギリギリで矢をかわすと、エキドナの首に短刀を突き付けた。

「はいチェックメイト。私の勝ちね」サスケは言った。

その瞬間サスケの頬を矢がかすめた。

サスケが驚いて頬に手をやる。かすめたところから血が垂れていた。

“一体どこから……”サスケは思った。

サスケが見ると、矢はエキドナの体を貫通していた。エキドナの体に穴が開いている。

“やられた……。このエキドナは偽物”サスケは思った。

サスケの表情に気付いたのか、エキドナは笑う。

「ごめんねサスケちゃん。これ(エキドナ)はわたしの髪で作ったダミーなの」エキドナは言った。

エキドナの本体は、チビエキドナの死体の下に隠れていた。そこからエキドナは矢を放ったのだ。

「勝負あり!」ルークは言った。


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