第50話

ブギーマン 世界中


『勇者狩り』という言葉が生まれた。

ブギーマンという正体不明の魔物が勇者を狙い始めたのだ。それもSNSで人気の勇者ばかり。

初めに狙われたのは、北の街で宿屋を経営していた勇者Aだった。


勇者Aはフォロワーも多く、今ノリに乗っていた。

勇者Aは勇者になって10年たった時に剣を置いた。

勇者業がうまくいかず、思い切って開業してみた『勇者のための勇者宿』。Aは勇者でありながら戦わないことに抵抗はあった。それでも宿屋の経営をすることで、他の多くの勇者の役に立てることも分かった。

勇者をやっている間に培ったノウハウは、泊まりに来た新米勇者たちに伝えた。野宿の仕方、最初に狙うべきモンスター、チーム内での連携の取り方。どれも役立つものばかりだった。


勇者Aはその情報をSNSでも発信をしだした。当然多くの勇者や関係者から批判を浴びた。“そんなものは勇者のやる事ではない“勇者Aは心無い言葉を投げられた。


それでも勇者Aはあきらめなかった。毎日コツコツ、魔物を倒してレベル上げをしていた時のようにコツコツ、発信を継続した。

その努力の甲斐あって、勇者Aは人気アカウントを持つに至った。勇者Aの第2の人生は順調に滑り出した。


けれど。


ブギーマンはライブ配信中の勇者Aの部屋に突如現れた。

“やぁ最近どう?”ブギーマンは言った。

まるで旧友のようなその態度に勇者Aは普通に返事をした。

そうして胸を貫かれて殺された。



これが初めての『勇者狩り』だった、この悲劇は勇者Aだけでは終わらなかった。

Zまで行って、勇者AAになり、そうして勇者AAAAになってもその惨劇は終わらなかった。


SNS上では『ブギーマン』の正体について、多くの議論が寄せられた。

『ブギーマン』の恐怖は世界中にひろまり、そのたびにブギーマンはつよくなっていった。恐怖を力に変えるブギーマンにとって、それは最高の環境だった。



魔王カイザーの力とブギーマンの力を手にしたシロは、映画館に来ていた。

シロの頭の中にある映画館だった。


スクリーン上には世界中の人々が映し出されていた。混乱、叫び、怒り、暴動。

シロは椅子に座ってじっと見ていた。

シロ自身がこの混乱を起こしているのにも関わらず、シロの心は晴れなかった。

“なにかが足りない……”シロは思った。

もどかしさを覚えながらも、また一人勇者を消滅させた。


画面上には恐怖や困惑がまた波紋のように広がった。でも、シロはずっと心のもやもやについて考えていた。


そこへカイザーがやってきた。

シロの隣へ座る。


シロはちらりとその顔を見た、すぐに視線を戻すとポップコーンを食べ始めた。

カイザーもしばらくスクリーンを眺めていた。


カイザーはシロに一つの質問をした。

「なぁきみはなにがしたいんだ?」カイザーは言った。

シロは黙り込んだ。“それを考えてみるのも面白そうだ“シロは思った。


「たぶん、寂しかったんだとおもうんですよ」シロは言った。

「ほう」カイザーは言った。

カイザーはシロの言葉に興味を持ったようだった。シロは続ける。

「自分はすごいやつなんだと、自分がすごくなる前に知ってほしかったんです……きっと」シロは言った。

シロはポップコーンを食べながら、自分の言った言葉を繰り返した。

言葉にしてみて、初めて自分がそう考えていたことに気付いた。シロは思った。


カイザーはシロに向き合う。

「それは誰に知ってほしかったんだ?」カイザーは言った。


シロはカイザーが一度もいやな態度を示さないことに気付いた。

むかしの教師のように、シロをバカにしない。神官長のように、シロをできない人間だとみなさない。シロはすこし心地よさを覚えていた。

“魔王に対して心地よく会話ができるのも不思議な気分だ”シロは思った。


シロはカイザーの方へ向き直る。

「わかりません。でも、いつか誰かが僕の才能に気付いてくれるって信じていました」シロは言った。

シロは悲しそうに笑った。

「それももう遅いですが」シロは言った。


「遅くないとおもうぞ」カイザーは言った。

パンが無ければケーキを食べればいい。そういう無邪気な言い方だった。

シロはその発言を無視した。


カイザーは独り言のようにつづけた。

「ブレイブがあれば、魔王だって勇者になれる」カイザーは言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る