第45話

ブギーマンの中


シロがブギーマンに飲み込まれたときだった。シロはブギーマンが怖くなかった。

シロの眼は特別だった。すべてを見透かす、魔法の瞳。シロは自分の能力が覚醒したのを感じた。ブギーマンの魔力に触れて、シロの能力が強制的に花開いたのだった。そして同時に自分の中に抑えていた衝動性、暴力性も現れてしまった。

“このまま、ブギーマンに全部ゆだねよう”シロは思った。


シロは自分の体をブギーマンに差し出して、脳内の映画館から上映されるストーリを見ていた。神官長を殺すところ、堕天使ルシファー、魔女エキドナとの戦い。シロはワクワクしていた。


“自分が世界を変えている”シロは思った。その高揚感に酔っていた。


そしてついに勇者カイザーを殺せたときにシロは笑ってしまった。

“自分はすごかったんだ。こんなに簡単に勇者なんて殺せるんだ”シロは思った。

シロは全能感に包まれていた。


そんなシロが座る映画館の隣の席に、今まで何人かが座って話をしていった。

一人目は、ブギーマン。シロはブギーマンの言いたいことはなんとなくわかったから、ほとんど話をしなかった。2人目は、ルシファーと呼ばれた堕天使だった。ルシファーは満身創痍だった。シロの隣までやっとのことでたどり着くと、息絶えた。3人目は、魔女エキドナだった。魔女エキドナはルシファーと違い長く話をした。

エキドナはシロの隣に座るとシロにポップコーンを差し出した。

「ありがとう」シロは言うと、ポップコーンを少しもらった。

エキドナはにっこり笑うと、シロはその笑顔にたじろいでしまった。

エキドナはそんなシロにかまわずしゃべりかける。

「あなたは、どうして『ここ』にいるの?」エキドナは言った。

“『ここ』というのはこの映画館のことだろうか……”シロは思った。

確かにここは変わっているのかもしれない。シロは思った通りに答える。

「ここは、僕が生まれた時からずっと座っている場所ですよ、僕はずっと『シロ』を見ているんです」シロは言った。

「あなたがシロじゃないの?」エキドナは言った。

“そう言われると僕は誰なんだろう”シロは思った。

現実世界で僕は生きているはずなのに、僕の意識はここにある……。考えたこともなかった。

「みんなは違うんですか……?」シロは言った。

率直な問いかけだった。

エキドナは、真っ黒な瞳をヘビのように細めると妖しく笑った。

シロはまるで自分がカエルにでもなったかのように身をすくめた。

エキドナは再びポップコーンを差し出した。

スクリーンには、エキドナの生首が映っている。“ほんとうに今この映画館は一体どんな状況なんだろう”シロは思った。エキドナが口を開く。


「さぁわたしにもわからない。だから対話をしましょう。あなたの答えを教えて頂戴」エキドナは言った。

シロは幼いころに出会った教師を思い出した。シロに全く興味を持たなかった教師。冷めた目をして、シロが殴られるのをただ黙ってみていた教師。シロの心が悲しく染まる。

「僕はずっと考えているんです。現実のシロは僕の考えた通りに行動しているんですよ、うまくいかないこともあるんですが……。なるべく心を使わないように生きているんです。楽しいことがあっても悲しいことがあっても、ゴーレムって自動で動いているじゃないですか……。僕なりにそれが一番楽だなと思って」シロは言った。

シロは差し出されたポップコーンを丁重に断った。


「そう、あなたはそういう答えを出したのね」エキドナは言った。

幼いころの教師とエキドナがダブった、解答用紙を埋めることしか考えていない人々。シロはばれないように膝をつねった。痛みが自分を冷静にしてくれる。


エキドナはそこで消滅した。

やってきた4人目は、神官長だった。

ブギーマンをけしかけた黒幕。

神官長は、シロから離れた席に座った。シロから見て右後方だった。

シロはあえて振り返らなかった。神官長もシロを見なかった。

スクリーンには、カイザーがブギーマンにさされる瞬間が流された。シロはさすがに声をかけた。

「神官長、『契約』は果たしましたよ。いかがですか」シロは言った。

シロは右後方を振り返る。

神官長はじっとスクリーンを見ていた。そこに感情はなかった。シロはなんの反応も見せない神官長に見切りをつけて、前を向いた。


「私の契約は勇者をすべて殺すことだ。まだ一人目だろう」神官長は言った。

突然の言葉にシロは驚いた。しかし神官長の言っていることの意味が分かるとシロは逆に問いかけた。

「なんでそんなことを望むんですか?」シロはいった。

仮にも聖職者だ。神殿に務めるものが抱いていい感情じゃなかった。神殿は勇者のサポートも業務に入っている。勇者が嫌いならなぜ神殿を選んだのか。シロは神官長の方へ振り返る。相変わらず神官長は、なんの感情も浮かべていなかった。カエルやヘビのような冷たい表情だった。神官長は口を開いた。

「私が勇者のことを嫌っているからだ」神官長は言った。

“なんの答えにもなっていない……”シロは思った。

「そんな子供じみた理由でいいんですか?」シロは言った。

シロは神官長の知らない面を見た。神官長が少し笑っているようだった。

「何がいいんだか、もうわからなくなってしまってね。わたしはこれで多くの人が救われるんじゃないかって思ったんだよ」神官長は言った。

“たしか、そういう約束だったはず”神官長は最後にひとり言のようにつけくわえた。

神官長は子どものようにはにかんだ。シロの知らない素顔だった。


そこまでいうと神官長は眠った。眠るように息絶えた。

映画は相変わらず上映されていた。シロは、続きを見る。

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