第41話

エキドナ 神殿のどこか


エキドナはようやく安全に過ごせるところまで来ていた。

神殿内は複雑だったが、いままでの探索経験から一番安全なところに陣取る。

“ルシファーあなたのことは忘れない”エキドナは思った。


それにしても、あのブギーマンとは何者なんだろう。魔物でも人間でもないようだった。エキドナはなにか嫌な予感がした。


“とりあえず、カイザー様に一応報告しとこうかしら“エキドナは思った。

ルシファーには報告するなとは言ったが、エキドナの中ではもうブギーマンの危険度は上がっていた。少なくとも脅威に感じている。“カイザー様に会いに行かなくては”エキドナは立ち上がった。


エキドナはカイザーがとらえられている牢獄へ向かった。

その途中、違和感に気付いた。

“壁が迫ってきている……?“エキドナは思った。

エキドナは自分の髪をむしって投げる。髪の毛の数だけチビエキドナが増える。

“バックアップはこれでいい、1匹でも私が逃げ切れたなら私の勝ち”エキドナは思った。


壁はいつの間にか生き物の内臓のように脈動していた。

エキドナは地獄のような一本道を歩く。


目の前に箱が現れた。青いリボンがしっかりと巻かれた箱は、とてもファンシーだった。ただしこの場所には不釣り合いだ。不気味だった。

「開けろってことでしょうね」エキドナはいった。


エキドナは溜め息をはくと、リボンに手をかける。

どこからかドラムロールが鳴り始めた。スポットライトがエキドナを照らす。

“どこまでもふざけた演出を……”エキドナは思った。

リボンを引っ張る。


箱の中からちぎられた翼が出てきた。

見覚えのある堕天使の黒い翼。


エキドナの耳に耳障りな声が届いた。

「大当たりー!」ブギーマンは言った。


エキドナが振り返ると、落書きみたいなウサギが跳ねてきた。

眼は渦巻のようにぐるぐる回っていて、頭も回転している。

口からは血がだらだらと滴り、エキドナの足元に小さな頭を吐き出す。


チビエキドナの頭だった。

“これは本格的にヤバそうね……”エキドナは思った。


落書きウサギは、くるりと回転するとブギーマンに変わった。

「おめでとうございます!プレゼントはいかがだったでしょうか?もし気に入らなければ、もう一枚羽を差し上げますね」ブギーマンは言った。


ブギーマンは言葉に合わせて、もう一枚の羽根を差し出した。

エキドナは羽を受け取らず、疑問を口にする。

「いらないわ。ちなみに、ルシファーはどうなったのかしら?」エキドナは言った。

ブギーマンは応えずにその場で奇妙な踊りを踊り始めた。エキドナには意味が分からなかった。

唐突にブギーマンはしゃべりだす。

「先ほどの狐でしたら、彼はここにいますよ」ブギーマンは言った。

照明が消える。

スポットライトが照らし出したのは、糸人形だった。

ブギーマンが、糸を操って踊らせる。ブギーマンは気味の悪い裏声でアテレコする。

“はじめまして!ぼくルシファー。狐だったり人間だったりするよ。どうぞよろしく、特技はダンスだよ。ご覧あれ”ブギーマンは言った。


糸人形はよく見れば、ルシファー本人だった。翼がもがれたところや、体中から血を流している。意識はないようだが、痛みは感じるようでうめき声を上げる。

エキドナの心に、嫌悪感が生じた。

“負ける方が悪い、それが魔族のルール。でも気に食わないものは気に食わないのよね”エキドナは思った。


糸人形を躍らせ終えると、ブギーマンは丁寧に一礼した。


エキドナは爪で糸を切断する。ルシファーの体が崩れ落ちる。

ブギーマンは気にも留めず、笑い声をあげた。

「ははは!申し訳ございません、お客様。役者へのおさわりは厳禁となっております。その位置でお楽しみください。あははは!」ブギーマンは言った。

ブギーマンはゴムまりのように体を膨らませると通路中を跳ね回った。

ナンセンスだった。ブギーマンの発言に意味はない、エキドナはそう結論付けた。

ただし強い。


エキドナはカイザーよりも強い存在に久しぶりに出会った、そのスリルに集中する。

“わたしは幸運だわ、わたしの限界を知ることができるのだから”エキドナは思った。



エキドナは感覚を集中する、体の内側で魔力が爆ぜる音がした。

「さて、ブギーマンといったかしら。お待たせしてごめんなさいね。ちょっとあなたを本気で倒したくなったわ」エキドナは言った。


エキドナが手をかざすとブギーマンが破裂した。肉片と血が飛び散る。

肉片と血は花びらに変わって、はらはらと舞い降りてきた。

エキドナはすべての花を焼き払う。花は焼けると、サイコロになって転がった。


“ブギーマンを破裂させたのは私の魔法だけど、この花弁はわたしの魔法じゃない……。サイコロだって私の魔法じゃない。コイツ、人の魔法に干渉ができるってことかしら”エキドナは思った。

サイコロが3つエキドナの足元に転がってきた。

1が三つ。いわゆるピンゾロだ。

エキドナは嫌な予感がして自分の体を硬質化させた。

しかし、その判断は遅かった。


「『聖隷召喚』」ブギーマンはいった。

エキドナはその言葉に耳を疑う。

“コイツ、ルシファーの能力を取り込んでいる……?”エキドナは思った。

次の瞬間、エキドナの首を巨大な肉切包丁が刎ねた。


エキドナの首をブッチャーが掴む。

ブッチャーはエプロンと三角巾をした、大柄な解体屋だ。その顔は見えず、エプロンには返り血がにじんでいる。

エキドナは落ち武者よろしく髪の毛をブッチャーに掴まれていた。

ブギーマンはその顔を嬉しそうにのぞき込む。

「ふむふむ……。お客様、お客様は体がない方がお似合いですね。うんうん」ブギーマンは言った。

エキドナは観念するとあきらめたように溜め息をついた。

「私の負けね、命だけは取らないでね」エキドナは言った。

ブギーマンは高らかに笑うと宣言した。

「あなたは明日特等席でショーをご覧いれましょう。ブッチャー、彼女を丁重に運んで差し上げろ」ブギーマンは言った。

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