第36話

カイザー VS神官長


現れたのは神官長だった。

ルークは鉄格子越しに牙をむく。

「てめぇ神官長!自分が何をしているのかわかってんのか」ルークは吠えた。

カイザーがルークをなだめる。神官長はルークには目もくれずにカイザーを見た。


「哀れだな。元勇者カイザーよ。さて私と取引をしないか?」神官長は言った。

ルークはその神官長の目が気にいらなかった。どぶ川を煮詰めたような濁った瞳。ルークのうちにさらに怒りが広がる。そこへカイザーの声が届く。

「ルーク怒りは取っておけ、いずれ使うことになる。……さて神官長。取引というのであればまずは周囲の監視の目を解除してもらおうか」カイザーは言った。

神官長はにやりと笑うとうなずいた。

「なるほど、さすが元勇者気づいていたか。たしかに交渉するにあたって監視の目がないのは大事だな。よろしい」神官長はいった。

神官長が手を上げると、闇の中から大量の子蜘蛛が出てきた。ルークはそのおぞましさに身震いしながらも、安堵した。“さすがカイザー様、神官長の手口なんて読んでいたんだ”ルークは思った。


蜘蛛が見えなくなるとカイザーは口を開いた。

「……それと、わたしのことを元勇者というのはやめていただきたい。まだ私のブレイブは勇者の剣に認められている」カイザーは言った。

カイザーが言うように、カイザーの背中にはいまだ勇者の剣がある。もしもカイザーのブレイブが消えていれば勇者の剣を装備できなくなっているはずだった。

「これは失礼しました勇者様。まぁ時間の問題だとは思いますがね……。それでは交渉なんですか、勇者様にはぜひそのブレイブでやっていただきたいことがあるんですよ」神官長は言った。


ルークは心なしか寒さを感じていた。神官長が来てからというもの、地下室全体に寒気が広がっていた。神官長は周囲の体感温度を下げる能力があるのか、彼の存在が体温を奪っているのか。ルークは呼吸を整えた。

カイザーは黙って続きを促した。神官長は話をつづけた。

「まぁある魔物と戦ってほしいんです。もちろん倒してくださっても構いません。私の願いはそれだけです」神官長は言った。

ルークは驚いていた。もっと無茶な要求をしてくると思っていたからだ。“魔物を倒してほしいなら正規のルートで依頼すればいいはずでは……“ルークは思った。

同じことをカイザーも思っていたらしい。

「神官長。なぜ魔物の依頼をギルドに依頼しない?もしくは神託を使えば、勇者に依頼することもできるはずだ。なぜこんなに回りくどいことをする?」カイザーは言った。

神官長は薄気味悪い笑みを浮かべた。

「そこは明かせません。まぁ戦えば分かりますよ、すべての理由がね。あなたに選択肢はあるのですか?もちろんあなたが魔物と戦ってくれるのであれば、わたしはあなたの不正を見逃しましょう。いかがですか……」神官長はいった。


ルークの警戒信号がこの交渉は危険だと発していた。何か邪悪なたくらみを感じる。こんな男が差し出す提案がいいものであるはずがない。

ただしルークの思いは裏切られる。カイザーは重い口を開いた。

「その提案受けよう」カイザーは言った。

「なぜですか!これは罠ですよ」ルークは言った。思わずカイザーにつかみかかろうとする。カイザーはじっと神官長を見ていた。その眼がルークの動きを止めた。“カイザー様にはなにか深い考えがある”ルークは思った。


そのルークの心を見透かしたように神官長は笑った。下劣な笑いだった。ルークは怒りの目を向ける。同時に自制もする。“まだだ、この怒りはとっておく。さきほどカイザー様に言われたばかりじゃないか”ルークは思った。

このとき、ルークは気づかなかったがルークの新たなブレイブが息づいていた。それは種のように土の中で発芽を待っている。


神官長はルークが冷静に戻るのをみると、つまらなそうに用件だけを伝えた。

「いいでしょう。それでは魔物との戦いは明日の正午に行う。まぁなにか食べたいものがあれば、神官に伝えれば食べさせてあげましょう。それとお仲間の忍者ですが、偵察など無意味ですよ」神官長は言った。

“サスケの動きがばれている……”ルークは焦った。

「なんのことかな、サスケならずっと私たちの後ろにいるが……」カイザーは言った。

「はいここにいます」サスケは言った。

サスケはいつのまにかカイザーの後ろにいた。

『影渡り』を使ったんだ、ルークは思った。

神官長はにやりと笑うとカイザーに顔を近づける。

「まぁそういうことにしておいてあげましょう」神官長は言った。

そのまま牢屋から出ていった。


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