第16話
カイザー城内
「……行ったか」カイザーは言った。
ルークが走り去った方をみながら、カイザーは勇者の剣を引き抜く。
ルークならサスケを守れるだろう。そうしなければ、勇者じゃない。
「さて、わたしは親玉の方を倒すか」カイザーはいった。
階段を下っていく。
階段をおりたところは巨大な研究室だった。
"人間はよくわからないことを考える"カイザーは思った。
そこら中に散らばった人間の遺体に目をやる。
魔物のスケルトンが発生したのは、これが原因だろう。
ずるずると、巨大な羽毛布団でも引きずる音がする。
カイザーが音の方に目を向けると、人間だったものがいた。
身体からパラパラと砂を零しながら、男が歩いてきた。歩いてきたというよりも、体を引きずってきたという感じだった。衣服は肌に直接縫い付けられ、自分の体の欠損を他人の体で補っていた。右肩からは3本の腕が生え、左足の先端には体よりも大きな斧が取り付けられていた。
カイザーは名乗りを上げる。
「初めまして、わたしは勇者カイザー。あなたの闇の儀式を止めに来た」カイザーは言った。
ここに来るまでにずっと考えていたセリフだった。
マントをなびかせてポーズを決める。エキドナが録画してくれていることを祈る。
「勇者……。勇者がわたしに何の用だ」男は言った。化物じみた外見からは想像できない普通の声だった。カイザーは意思疎通ができることを確認する。
「話は通じるようだな、いますぐここの儀式をやめろ。お前のその前衛芸術のような見た目はどうにもならないが、ここでやめればお前は平穏に生きていける」カイザーは言った。
男はカイザーを見た。その眼は二つの眼球が片方に押し込まれていた。眼球は狭そうに男の顔から盛り上がっている。
「儀式はもうなりました。わたしの願いです、あの子は復活しました。天使のように美しいあの子は、再びこの地上にやってきたのです」男は言った。
「あの醜悪な人間もどきか、さっき見たがエキドナならもっとましなものを作れるぞ。頼んでやるからそっちで我慢したらどうだ?」カイザーはいった。
カイザーは心からの言葉を言っていた。そこに相手をあおろうという意図はない。
ただし男は激高した。
男は吠えた。
「そうさ、あの子はまだ完全じゃない。もっと人間をつぎ込めば、もっと代わりの魂をつぎ込めばあの子はもっと完全になる」男は言った。
「交渉決裂だな。じゃあここからは戦いだ。……その前に、エキドナ出てこい」カイザーは言った。
暗闇の一部から、エキドナが現れた。魔女の姿だった。
男は驚いた、女を殺してあの子の養分にしたはずだったからだ。
エキドナは、にっこり微笑んだ。
「はいはーい。なんでしょう?わたしが戦いますか?」エキドナは言った。
「エキドナ、ライブ録画を切れ。戦うのは私でいい」カイザーは言った。
「もう録画は切っていますよ。今カメラはルークくんの方を追いかけています」エキドナは言った。
男はようやく口を開いた。
「お前は殺したはず……人間じゃないのか」男が言った。
「えぇわたしは魔女です!人間ではありません。ごめんね。あの子の養分になった方が画角良くなるなって思って贄になりました」エキドナは言った。
カイザーがため息をつく。
「お前そのために、魔力を切ったのか」カイザーは言った。
「盛り上がったでしょ。実際いまSNSでルークくんめっちゃバズってるよ」エキドナは言った。
男はバカにされたような気がして声を荒げる。
「なんで魔女と勇者が一緒にいる?ふざけるなぶっ殺してやる」男は言った。
エキドナは距離をとって部屋の隅に移動した。木の根に腰掛ける。
男は激怒しながらも冷静にその様子を観察していた。
“目の前の勇者だけなら今のおれでも勝てる。あの勇者の剣さえ奪えば”男は思った。
カイザーの動きは遅く、男には止まっているように見えた。
男はカイザーの右手ごと勇者の剣を吹き飛ばした。カイザーが剣を抜くよりも速いスピードだった。
エキドナの目には、カイザーがわざと右手ごと差し出したように見えた。
“あぁそういうこと”エキドナが笑う。
男は笑った。勝利の雄たけびを上げる。
「何が勇者だ!勇者の剣が無ければ戦えないこんな雑魚が勇者だと、ユグドラシルのやつらは頭にウジでも沸いているのか」男は言った。
男の頭の周りをウジ虫が這いずる。
勇者の剣に手を伸ばそうとするカイザーを、男は何度も何度もこぶしをたたきつける。
3本の右腕がそれぞれに駆動して、餅つきのように隙間なく殴る。
男が異変に気付いたのは、自分のうでが2本なくなっていたからだった。
肩から生えた2本のうでが肩の付け根からもぎ取られていた。
男は呆然と自分の肩先を見る。
引きちぎられたカイザーの肩からどろりと黒い液体が流れ出す。
それは体内で押し込まれすぎて液状化した魔力だった。
“魔力って液化することってあったか?”男は思った。ただし、男の思念は次の瞬間にかわる。“これだけの魔力をつぎ込めばあの子は完全になれるのではないか?“それほどに高純度の魔力だった。
人間をどんなに煮詰めたところでたかが知れている。今までの実験がまぬけに見えるほど良質な魔力だった。
男はそこで異変に気付いた。
なぜか儀式が塗り替えられている。
城中に描いた魔法陣の存在がどんどん消えていった。まるで、屋敷の中を忍者が暗躍するように1つ1つと魔法陣が消えていった。
“なにが起こっている?”男はそこで初めて勇者の剣に注目した。勇者の剣はいまだカイザー仕様のままだ。
勇者の剣は勇者が死ねばもとに戻るはず……。こいつ、まだ死んでいないのか?
殴られすぎて、変形しきったカイザーの体を見る。
餅つきの餅のように、どこが顔かもう判別は不可能だった。
呼吸も心臓もとまっている。たしかに生命活動は終了していた。
そこで、男は気づく。それは勇者が人間であればという話だった。魔女のそばにいる生き物が本当に人間なのだろうか。
男が気づいたときには、最後の魔法陣が光を失っていた。
そして、男の周りのすべての照明が消えた。
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