第8話

鍛冶屋


奥の工房から若い衆の威勢のいい声が響いてくる。それにあわせて、金槌がかな床を叩く音。熱っせられた鉄が急激に冷やされる音、それに合わせて怒鳴る親方の声。


「スゴイ熱気ですね」ルークが言った。

「そうか?」カイザーは言った。

たしかに、ここは汗臭い。ただ、熱気ならカイザーがいた火山の方があった。なんせいるだけで軟弱な魔物は消滅していたからな。鍛冶屋の熱などカイザーには無に等しかった。

“いや、こんな返し方では勇者らしくない”カイザーは思った。

もっと、勇者らしい回答をしなくては……。


結局カイザーは正しい答えがわからないまま。鍛冶屋の店についた。

鍛冶屋は工房と店舗に分かれていた。

店舗の方は恰幅のいい、おかみが対応してくれた。


「おう、いらっしゃい。なにかご入用かね?……そのヒスイは勇者だね。こんなご時世にご苦労なこった。ゆっくり見ていってくれよ」おかみは言った。

口調は汚かったが、おかみの笑顔から悪い人ではないとわかった。

ルークは店内を見て回る。

店内には、剣や鎧、盾などが所狭しと並んでいた。ルークは初めて見る大量の武器や防具に浮かれていた。しかし、値札をみて手に取った剣を戻す。“わかってはいたけど、武器って高いんだな”ルークは思った。


カイザーは何をしているんだろう?ルークは店内を探した。

カイザーは一体の鎧の前でずっと立ち尽くしていた。

ショーウインドウのトランペットを眺める子供のようだった。


カイザーの後ろに立てば、鎧にはこう書かれていた。

『鎧一式――初代勇者トラフグモデル』


勇者トラフグ。ルークは思い返していた。この名を知らないものは、この国にはいない。トラフグは、闇がはびこる混沌の時代から人間が住める環境をとりもどした。

魔王を倒したのだ。結局のところ魔王は消滅させることはできなかったのだが……。それでも人間領を認めた。



最初にして最高の勇者トラフグ……。彼の鎧を再現したと書かれているが、はるか古の話だ。誰も観たことがないものなら勝手に作れる。ルークは鍛冶屋の商売のあくどさを感じた。

値段もべらぼうに高い。ルークが10年タダ働きしたら、ようやく払える金額だった。ルークはカイザーに忠告する。

「勇者様、さすがにこの装備はちょっと怪しいですよ。だれも勇者トラフグなんて見たことないじゃないですか。存在したかどうかさえ怪しい。他のものにしましょう」ルークは言った。

カイザーがルークを振り向く。ルークはその眼になにか言い知れぬ恐怖を覚えた。

例えるなら、鉄道オタクの前で生半可な鉄道あるあるを披露したときのようだった。

空気が凍る。

妖精のナビが、カイザーになにかを耳打ちした。空気が元に戻る。


「ルーク忠告ありがとう。この鎧は本当によくできている。わたしは貴重な資料を持っていてね、その描写と一致するんだ。勇者トラフグの鎧そのものではないが、それでもこれは細部まで再現されているよ」カイザーは言った。

そこで、カイザーは悲しそうに目を伏せる。


「ただ、残念ながらわたしは装備できなくてね……ぜひ欲しいんだが」カイザーは言った。

「まぁ高いですもんね」ルークは言った。

勇者がいくらか準備金をもらっているといっても限りがある。散財は避けたいところだ。

「値段は大したことないんだが……わたしはもう、『勇者イサナ』セットを買ってしまったんだ……」カイザーは言った。

うんこ味のカレーとカレー味のうんこ、どちらがいいかを突き付けられているかのようだった。それよりルークは、カイザーの“値段はたいしたことない”という言い方にひっかかった。実家は金持ちか?

「なるほど、気持ちは分かりませんが……。買うものが無ければでましょうか?僕はこの安い剣を買いますよ。防具はまた買いに来ます」ルークは言った。

ルークはお金がないとは言えなかった。


「あぁ……」カイザーは言った。

言ったものの全くそこから動こうとしない。ずっと鎧を見ている。

ルークはいい加減うんざりした。

「買ってしまえばいいんじゃないですか?」ルークは言った。

カイザーは難色をしめす。

「いや、鎧を二つ装備することはできない。使われない鎧など歴代の勇者たちに失礼だ」カイザーは言った。

いい加減めんどうになっていたルークは、なにも考えずに言った。

「じゃあ僕が着ますよ、どっちでも構いませんが。それでどうですか?」ルークは言った。

カイザーははっと目を開く。

「その手があったか……」カイザーはいった。



帰り道、カイザーは何度もルークにお礼を言った。

「ルークくん。いやルーク。本当にありがとう。君がいてくれて本当に良かった」カイザーは言った。

ルークも負けじとお礼をいう。自分はもらった側なのだ。

結局ルークは勇者トラフグモデルの鎧を買ってもらった。

条件は旅の間、ずっと装備しておくこと。


ルークも自分の装備ににやにやがとまらなかった。


出発は次の日になり、その日はそこで別れた。


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