第7話

「それでは勇者カイザーぜひよろしくお願いいたします」ルークは言った。


“勇者カイザー”その響きは、カイザーの心を貫いた。貫いただけでなくぐっと心をつかんで離さなかった。カイザーは悦に入った。

面倒な男(ルーク)のお守りを任されて沈んでいた心が上昇する。


「その呼び名……」カイザーは口ごもった。

「呼び方が気に入りませんか?勇者様の方がいいですかね?」ルークは言った。


“勇者様”こちらの響きも捨てがたかった。”勇者カイザー”に比べたら少し他人行儀な気がした。ラーメンで例えるなら、正統派のしょうゆ味。ガツンとしたうまさはないが、何度でも味わえる定番の品。正解はどっちなんだ……。カイザーは悩んだ。

魔王時代にもここまで悩んだことはなかったように思う。決断を下す。


「“勇者”だけでいい」カイザーは言った。醤油味にした。

ルークは困った顔をする。

「さすがに“勇者”と呼び捨てにするのは心苦しいので、勇者様とさせてください」ルークはいった。

「好きにしろ」カイザーは言った。

エキドナはカイザーの機嫌が良いのを感じ取っていた。

“ここまで浮かれている魔王様は久しぶりね”エキドナは思った。


カイザーの心は突き上げる歓喜に満ちていた。


「勇者様、そういえば神官殿からいろいろ頂いていましたよね、中身はなんでしたか?」ルークは言った。

カイザーは神殿を出る前に、勇者に必要なものを行くつかもらっていた。

地図やコンパス、路銀などだった。


そしてそのうちの一つが、今カイザーの胸元で輝くヒスイだった。

これがあれば、多くの街で勇者として扱われる。

提携旅館や食事処で勇者割引を受けられるようになるとのこと。


「勇者割引たすかりますね」ルークは言った。

「まぁそうだな……」カイザーは言った。


カイザーは浮かなかった。勇者の旅というのは、草枕が基本だろうに。野営をしてこそ勇者パーティーは強くなっていく。それが旅館などとは、嘆かわしい。

カイザーにとって勇者は野宿するものだった。

3代目勇者イサナは野宿が好きだった。仲間たちとこれまでのことを語らいながら、食べる飯、揺らめく炎。そして、交代で見張りをするあの緊張感。どれをとっても魔王にとって野宿はあこがれだった。カイザーはたまに、勇者陣営に見つからないようにのぞき見していた。今となっては懐かしい思い出だった。


ただ、話によれば各宿屋には勇者がとまった記録が残っている。彼らの聖地を巡礼すると考えれば悪い話ではないか。


カイザーの機嫌が戻ってくる。


ルークは、ころころ変わる勇者の表情を正直気持ちが悪いと思って眺めていた。

ただし、そのことは表情には出さない。ルークはこの男より自分の方が勇者にふさわしいと考えていた。今回の旅の同行を申し出たのにも、自分のブレイブを証明するためだった。

“魔物と戦えば、わかりやすく俺のブレイブを証明できる”ルークは思った。



一行はまず、装備を整えるために鍛冶屋へ向かった。

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