第2話 12月28日
家路につく武尊が、和菓子屋の窓に『年末の帰省の土産にいかがですか?』と、手書きの文字が目に留まる。
そうすれば、今年の年末年始の休日は、どちらの実家に帰ろうかと、渋い顔をする。
十二月二十八日だというのに、その手の話を振られるのを面倒に思い、意図的に避けていたのだ。
一方の美里もイラストの仕事にかかりきりで、帰省のことまで深く考えていないようだった。
武尊にとっては都合がいい。妻の実家に帰りたいと頼まれるのは、正直困りものである。
今回は逃避作戦三年目だ。
妻の実家行きを避けるために、二年連続で武尊の実家に帰っていた。
となれば、美里は自分の実家に帰省したいというはず。
結婚当初の出来事を、いろいろと思い出し苦い顔をする。
妻の実家など、大層居心地が悪い。
美里が実家暮らしをしていたときに使っていた部屋は、今では甥っ子の部屋になっている。逃げ込む先もない。
美里の両親が気を利かせ、リビングの横にある和室を客間として提供してくれるが、そのふすまを閉めるわけにもいかない。
結局のところ居間にいるのと変わらない。気の休まる暇が少しもないのだ。
行けない理由を探そうと思考を巡らす。この際だ。インフルエンザにでもかかったことにするかと、幼稚なことを考えながら自宅マンションの扉を開ける。
いつもであれば、美里の作った夕飯の香りが広がるのだが、なぜか感じない。
どうしたのだろうと思いながら、リビングに入ると、ソファーに横たわる美里の姿がある。
「ただいま~。飯は?」
「……あ、ごめん。なんか疲れちゃって、作れなかった」
「はっ! あり得ないじゃん。俺の方が一日会社で働いて、へとへとだってのにさ」
「だから……」
「仕事納めで同僚と飲みに行くのを断ったのに、帰ってきてこれかよ。一日中家にいるんだから、飯くらい作ってくれなきゃ困るって!」
「そ、そうだね。でも、何か変なのよ」
「あっそ。もういいよ。俺、カップ麺でも食べるし」
「夕飯の材料は買ってきたんだけど……」
顔色の冴えない美里が、ゆっくりと体を起こす。
「明日作ればいいじゃん。俺は作れないし。ってか、今回は美里の実家に帰省しようかと思ったけど、体調が悪いなら無理に行くこともないな」
「ええ~、しばらく帰ってないし帰省したいんだけど」
「やめとけって。どうせ渋滞してるし、美里がそんなんなら、運転も変わってもらえないじゃん」
妻の実家へ行きたくない武尊にとっては、好都合な理由が見つかり、ついてるなとほくそ笑む。
一方、母の顔を見たいと頼む美里だが、言葉をのむ。
今は確かにそれどころではない。
熱があるわけではないのに体がだるい。口論する余裕もない。
結局、夫を説得しきれずに終わり、今年の年末年始の休日は、家でのんびりする計画に変わった。
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