◆完結◆雨上がりにかかる 虹のような妻との約束◆短編◆

瑞貴@4月15日『手違いの妻』発売!

第1話 11月22日(結婚記念日)

 帰宅した夫を見て、美里みさとが微笑む。

「あ~、お帰り。今日は早かったのね」

 

「ってか、よく言うよ。散々『今日は早く帰ってこい』って騒いでたのは、美里みさとだろう。この時間に帰ってくるのに、どれだけ苦労したと思ってるんだよ」


 食卓テーブルの椅子に黒い鞄をボンッと置く武尊たけるが、クローゼットに向かいながら、苛立ち気味に言った。


「だって、せっかくの結婚記念日なんだもん、当然でしょう」

 美里は退屈そうにセミロングの黒髪の先端を触っていたが、夫の帰りを確認し、キッチンへと向かう。


 部屋着に着替えた武尊たけるが、対面キッチンから、ひょいと顔を出す。


「そういや、今日で結婚何年目なんだ?」

「酷い! 覚えてないの⁉」

「六年だっけ?」


「ぶぅ~っ! 七年でしょう」


「ああ~悪い悪い、怒るなって。数え間違いだ。俺たちが二十八歳のときのいい夫婦の日に結婚したんだもんな」


「そうよ! まあいいや。ご飯にしましょう」


「妊活のために仕事辞めて、家で絵を描くって言ったときは反対だったけど、こうやって毎日美里の手料理が食えるのって、いいよな」


「ふふっ、そうでしょう。ブラック企業で働いていたら、妊娠以前に武尊に会えないもの。はい、今日の夕飯」


 カウンターにコトンと音を立てて置かれたシチュー皿に目をやる武尊が、活気づく。


「よっしゃぁ! ビーフシチューじゃん。これ、めっちゃ好きなんだよ! 美里の料理はどれも美味いけど、これは店で食うより断然、美里のがいいんだよ」


「はいはい。喋ってないで手を動かして、テーブルに並べてよね。ワインもいるでしょう」


「もちろん」

 二人揃っていそいそと準備を整える。


 美里お手製のビーフシチューと近所のパン屋で買ったバケット、グリーンサラダが並ぶ勝木家の食卓へ、一足先にワインを持つ武尊たけるが向かう。


 美里が席に着いたタイミングを見て、武尊たけるがポンッと音を立て、自分で選んだスパークリングワインをグラスに注ぐ。


 顔を見合わせ、「カンパーイ」と声が揃う。


 ワインを口に含んだ後、武尊がすぐさまビーフシチューをぱくりと頬張る。美味いと叫ぼうとする前に、目を細める美里が意味深な質問をする。


「良いニュースと悪いニュース。どっちから先に聞きたい?」


「ん? なんだそれ」と首を傾げる武尊たけるだが、気持ちの半分が食事に向いている。あまり深く考えず「良い話から」と告げる。


 そうすると、にっと笑う美里が嬉しそうに、聞いて聞いてと前のめりで話す。


「実はね、出版社からイラストの仕事が届いたんだ。何かの賞を取った小説の表紙だって! すごくない!」


「へぇ~、まじか。個人でやってても、そんな仕事もくるんだな」


「そうみたい。私のSNSの投稿を見た作家さんが、美里の絵を押してくれたんだって」


「やったじゃん。その作家さんは見るが目あるな。美里の絵はまじで上手いし、売れるんじゃね」


「ふふっ。私が書いたイラストの本が書店に並ぶのよ。来年の夏だって! すっごく嬉しいんだけど、どうしよう~」


「良かったじゃん。頑張れよ! できたら俺も買うかな」


「ふふっ、どうせ本なんて読まないくせに、よく言うわね」

 美里がくすくすと笑う。


「いいんだよ、観賞用だから。ってか、悪いニュースってなんだ? ゴキブリでも出たのか?」


 武尊たけるが周囲の床を見回す。


「違うわよ。ほらっ、不妊症の検査をするからって、病院に行ったでしょう。それで、次は武尊も一緒に来てだって」


「ええぇ~、俺、絶対に嫌だって。面倒だし」


「なによそれ。絶対に子どもが欲しいって言ってたのは、武尊でしょう」


「子どもなんて自然に任せればいいだろう。そうすれば、できるって。それに美里の検査の結果だろう。一人で聞けばいいじゃん」


「だって先生が」


「絶対にやだね。不妊の検査をするって言い出したときに、俺の検査はしないって言っただろう」


「それは分かってるって。違うの……なんか、検査の結果を武尊にも伝えたいんだって」


「別に聞かなくてもいいよ。俺は休み取れないし」


「ねぇ、お願いだから一緒に来てよ。検査の結果だよ!」


「って、言われてもなぁ~。ちょうど大きな契約の仕事を進めているし、年末も近いから休めないって」


「先生が、なるべく早めがいいって」


 真剣な口調の美里が、片目を瞑り頼み込む。


「とか何とか言ってさ、俺を騙して病院に連れていく魂胆なんじゃないの? 夫へ妻の検査結果をわざわざ聞かせるって変だし」


「ち、違うわよ。本当なの!」


「どうかなぁ~。でも、何回頼まれても無理なものは、無理だって。今の契約が取れるかで、昇進もかかっているんだから。どうせ急がない話なんだし、来年に入ってからでもいいんだろう」


「ええぇ~。そうなると、1か月半も先になるじゃない」


「いいって、いいって。まあ、来年じゃなきゃ無理だから、早く聞きたいなら一人で行きなよ」


「そう……。分かったわ。『子どもができない体です』みたいな悪い結果を一人で聞いた後、家まで帰ってくる自信もないし、やっぱり二人で行こう。明日、病院に電話しておくね」


 必死に説得するものの、頑として譲らない武尊たけるの様子に根負けした美里が折れた。


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