　“死”を覚悟したあいに怖いものなど何もなかった。

　“夢きゅん☆どりいむ”のコンサートに行きまくったり、パチスロにハマったり、パリピな匂いがするイベントに夜な夜な顔を出したりした。

　今まで決して出会うことのなかった、個性的なお友達もたくさんできた。

（私（わたくし）は今まで本当に狭い世界で生きてきたのですね。世の中には、私（わたくし）が知らない楽しいことが、こんなにもたくさんあったのですね！）

　しばらくの間、あいは、刺激的な毎日を心の底から楽しんだ。

　しかし、１ヶ月を過ぎた頃から、あいの心は満たされなくなった。

（違う！　私（わたくし）が本当にやりたかったことはこんなことではありませんわ！　私（わたくし）が本当にやりたかったことって何なのかしら？）

　あいは悩んだ。

　とその時、テレビ画面に映し出されたのは、今流行りの映画ランキングだった。

――　そして、1位はこちら！　 “夢きゅん☆どりいむ”の“えりりん”こと桜沢えりかちゃんが演じる、余命３ヶ月を宣告された女子高校生と、人気イケメン俳優佐藤タケオくんが演じる、心に深い傷を負った男子高校生との切ないラブストーリー『半分くらい黒い』でした！

　あいの心は激しく揺さぶられた。

「そうだ！　恋しよう！」

　実は、あいには密かに想いを寄せている殿方がいるのだが、あいには父が決めた許嫁がいるため、許嫁以外の異性と関わることを固く禁止されているのだ。

　あいが密かに想いを寄せる男子高校生は、下校時刻になると、いつも“千金楽公園（ちぎらこうえん）“に現れる。 “千金楽公園” は、その名が表すとおり、都市緑化対策の一環として千金楽商事が出資してつくられた公園だ。彼は、毎日、千金楽公園に集まる野良猫たちにゴハンをあげながら、本当に楽しそうに猫ちゃんたちと戯れている。オレンジ色の夕陽に照らされて金茶色の彼の柔らかそうな少し癖のある髪が金色に輝く。やがて、猫ちゃんと彼の影がひとつになって、千金楽公園の地面に長く長く映し出されるさまは、あいが子どもの頃大好きだった影絵劇の記憶を呼び起こした。

　あいは決意した。

「そうだ！　告白しよう！」

　あいに残された命は残すところあと２ヶ月となった。突然、見ず知らずの女子高生から愛の告白をされたら、彼に不審がられるかもしれない。もしかしたら、彼女さんがいらっしゃっるお方なのかもしれない……フラれてしまうかもしれない……

それでも、この熱い想いを彼に告げることなく死んでしまったら、成仏できずに、お兄様あたりの体に憑依してご迷惑をお掛けしてしまうかもしれない。

　あいの彼に対する愛は本物だった。