三題噺「ドラゴン」「ルビ」「長身」

白長依留

三題噺「ドラゴン」「ルビ」「長身」

 おとぎ話に語られるドラゴン。ドラゴンの血は万病に効くとされ、ある王族は難病により寿命が尽きるまで探し続けた。

 名を馳せた冒険者は、最高の誉れであるドラゴン殺しの称号を求めて世界をさまよった。

 そして、ある学者は……。


「エリンはドラゴンのお話がとっても好きなのね」

「うん!」


 ベッドで寄り添いながら、母娘が一冊の書物を読んでいる。書物は半分は絵柄で構成され、一目見て子供向けとわかるものだった。

 エリンと呼ばれた少女は、ベッドのわきに置かれた燭台のわずかな光で爛々と瞳を輝かせ、次のページ、次のページへと読み進めていく。

 時折、わからない文字が出てくると、となりで微笑んでいる母親に教えてもらいさらに読み進める。


「ねえ、お母さん。ドラゴンさんはどこにいけば会えるの?」

「うーん……難しいわね。お母さんの周りでドラゴンさんに会えた人は、聞いたことがないから」

「そっかー」


 うつ伏せで読んでいた本の上に、顎を載せて唇を尖らすエリン。母親が本は大事にしなさいとたしなめると、エリンは元気に返事を返し、本をもってベッドから飛び降りた。


「お父さんの部屋に戻してくるね」

「今日はもういいいの?」

「うん。全部読んじゃったら、お父さんに読んでもらう分が無くなっちゃうもん」


 今は所用で遠出している父親。なかなか会える機会はないけれど、娘にとって父親は大事な存在になっている。そのことが嬉しかった。それと同時に、大事な娘が父親と母親どちら一番に好きなのか……もやもやもしていた。


「ふふふ。こんな悩みを抱えているなんて言ったら、あの人はどれだけ贅沢ものなんだって呆れるかしら」


 部屋のドアが開き、エリンがベッドにもぐりこんでくる。先ほどまでは強い意志を感じさせていた瞳が、たった少しの間にトロンと潤み、母親の胸元に顔をうずめる。


「ちゃんと、お父さんからのプレゼントは身に着けてる?」


 コクっとエリンはうなずくと、胸元をきゅっと握りしめた。それに倣うかのように母親も左手の薬指に身に着けている指輪をなでる。

 燭台の光に照らされ、指輪にはめられた小さなルビーが鼓動するように光った。


「おやすみなさい、エリン」

「んー、う……ん」




「やーい、やーい。またエリンがドラゴンなんて信じてるぜー」

「いるもん! ドラゴンさんは絶対にいるもん」


 教会で定期的に開かれている勉強会。神の教えのほかに、文字の読み書きや計算、この国の伝承など、様々なことを教えてい暮れている。

 対価は必要なく、協会が次世代を担う子供たちのために無償で行っている。勉強の合間に、シスターが読み聞かせを行うことも少なくなく、エリンはいつもドラゴンの話をせがんでいた。

 エリンをからかっているのは、この地域では一番年上の男の子。一番年上といっても、まだ労働力として寄与できない十歳にも満たない子供だ。


「こら。エリンちゃんがドラゴンを好きだからって、何も問題はないでしょ。そうやって、からかってばかりだとエリンちゃんに嫌われるわよ」

「べ、別に嫌われたってどうでもいいし? 僕なんて来年には実家の手伝いするんだし? もう、ここで勉強することないし?」


 シスターのたしなめに、答えになっていない答えを返す男の子。

 エリンはかばってくれたシスターの左腕に抱き着くと、「べーっ!」っと舌を出して、ふんっとそっぽを向いた。

 一瞬、男の子はたじろいだが、一瞬何かを言いかけて教会の外へ走り去ってしまった。


「ドラゴンさんは、いるもん」

「そうね。私はあの子を探してくるから、エリンちゃんとほかの子たちは、おやつを食べてよい子にして待ったられる?」


 元気に返事する数人の子供たち。男の子が癇癪を起すのはいつものことなので慣れっこだった。それに、子供たちの親御さんたちが授業料の代わりとばかりに、畑で採れた野菜や、狩った獣肉、手作りのお菓子を協会に寄付してくれている。

 そのお菓子は、子供たちのお腹へと還元されていた。


 誰も姿を見たことがないのに、誰もが知っているドラゴン。誰も戦ったことがないのに、最強だとうたわれるドラゴン。誰も倒したことがないのに、ドラゴン殺しという冒険者の称号があるドラゴン。血は妙薬に、肉は不老不死に、鱗や牙などは伝説の武器や防具になると言われるドラゴン。

 誰でも知っているのに、誰も知らないドラゴン。

 世間一般の、ドラゴンへの本当の評価は決まっていた。


『存在を信じられているが、本当は存在しないもの――夢物語』


 エリンも本当は気付き始めていた。でも、大好きなものを否定されるようで認めることができなかった。巷にあふれるドラゴンの物語。それらが足跡のように見えて、『夢物語』なんて言うことができなかった。


 とぼとぼと、家路についたエリン。大好きなドラゴンをバカにされたようで、目の端に涙がにじみかけていた。

 家の扉を開ける。

 いつもは、大好きな母親が出迎えてくれるはずだった。でも、今日は違った。突然大きな手が迫ってきたかと思うと、エリンは一気に目の前の長身の男に担ぎあげられた。


「お父さん!!」

「よう、エリン。元気にしてたか?」


 返事とばかりに、担ぎ上げられたまま父親の顔に抱き着くエリン。さっきまでの不安が吹き飛ぶように、これでもかと強く抱き着いた。


「ははは。いくつになっても甘えん坊さんだな」


 エリンの胸元が、ほのかに光る。


「あれ?」

「どうしたエリン?」

「お父さんからもらったネックレス……光った?」

「そうか? お父さんは気付かなかったな」

「うーん?」


 床に降ろしてもらったエリンは、服の内側からルビーが誂えてあるネックレスを引っ張り出す。父親の言う通り、光ってはいない。


「はいはい、久しぶりにお父さんが帰ってきてうれしいのはわかるけど、まずはご飯にしましょう。ごはんを食べながらでも、お父さんとお話できるでしょ?」

「ごっはん、ごっはん。お父さん、いっぱいお話聞かせてね」




「君が冒険者として僕を見つけてから、もう十年ほどになるのか。それとも十年しかたっていないのか」

「エリンは元気に育っているわ。でも、このごろネックレスの封印で抑えきれなくなりかけているわ」

「ああ、すでに新しいドラゴンルビーに変えておいたよ。僕の血をさらに凝縮させてあるから、前よりは長く持つはずだ」


 テーブルに向かい合って座っているエリンの父と母。テーブルの中央には、深紅に輝く大きなルビーが置かれていた。


「これを教会の司祭に渡してくれ。砕いて煎じれば、前と同じく大抵の病気は治るだろう」

「ごめんなさい。私がドラゴンの国に住めないばかりに」

「ははは。人間にとってルビードラゴンの住む環境は、地獄の窯のなかと等しいからね。いつまでも僕の帰りを待っていてくれるだけでも御の字だよ」

「帰り……そう言ってくれるのね」

「当たり前だろ。君は僕を倒した人間で、僕が惚れた人間で、君が死ぬまで一緒にいたいと思えた人間なんだから」


 母親は、エリンが寝静まる部屋のほうを見る。


「エリンは人間と、ドラゴン。どちらなのかしら。あなたの封印がなければ、普通の子供として生活ができないのに」

「エリンが人間になるか、ドラゴンになるかはエリン次第だよ。でも、エリンはどちらになっても後悔はしないと思うけどな」


 母親からみて、強大な力を秘めているだけでエリンはかわいい子供だ。これからどんな未来を歩いていくのか……ドラゴンと番になったときには考えもしなかった不安。いはま、その不安に押しつぶされそうだった。


「僕はね、エリンは君の娘だから大丈夫だと思ってるよ」

「私はね、あなたの娘だから心配だと思っているの」

「人間と比べて体が丈夫なことかい? 強大な魔力を秘めていることかい? 体に流れる血が人々を癒すからかい? でも、やっぱり僕は安心しているよ」


――エリンが人間として生きられるように、君が努力しているから。


「僕が人間の世界にずっと住み続けるのは、災いをもたらすかもしれないから無理があるけど、君は違う。僕と君と一緒になれて、エリンという宝を得られて嬉しいよ。今まで集めたどんな宝よりも、輝いているよ」




「おはよう。あれ、お父さんは?」

「おはようじゃないわよ。お昼まで寝てるもんだから、お父さんがまた出かけるのにお見送りできなかったでしょ」

「ええええええええ! なんで起こしてくれなかったの!?」

「はいはい、何度も起こしましたよ」


 エリンの感情で揺れ動くドラゴンの力。ネックレスによって封印されてはいるけれど、エリンが大人になるまでにはすべてを教えてないといけない。

 父親の言葉を思い出し、母親はあやすようにエリンの頭をなでた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三題噺「ドラゴン」「ルビ」「長身」 白長依留 @debalgal

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る