死神の手伝いをするクリスマス
夜ご飯を済ませ、外に出ると、相変わらず雪がちらちら降っていた。死神は寒さを感じないのか、ナノハはあの格好でも寒がる様子はない。
バイトしているコンビニから自分の部屋があるアパートまでの通り道にも、幽霊はいる。
というか世の中に幽霊は結構いる。幽霊を視ない日はないほどだ。子供の頃は疑問に思ったが、よく考えると今生きている人間よりもこれまで亡くなった人間の方が遥かに多いはずだ。
だからキリがないのだ。放っておけないような悪霊や俺に気づいて近づいてくる奴以外は、基本的に無視するようにしている。じゃないと、俺は幽霊を助けて一生を過ごすことになる。笑えない。
幽霊が少ないわけじゃないのに、なんでナノハはノルマが達成できないのか。改めて聞こうかと思ったが、また泣かれたら面倒なので何も言わないでおく。
大通りに出ると相変わらず人は多い。さすがクリスマスイブの日曜だ。
今はナノハもいるし、幽霊に話しかけても少しなら大丈夫だろう。俺は大通りにある商業ビルに近づく。数ヶ月ほど前から、ここの入口周辺に一人の幽霊がいる。
オフィスカジュアルというのだろうか、適度にきっちりした服を着たごく普通の会社員といった感じの女。三十代ほどに見える。
そいつは大体、商業ビルに出入りする人々を眺めている。人の手元を見ようとしているようだ。幽霊のその動きが以前から気になっていたので、最初に話しかける幽霊はこいつにした。
ナノハに幽霊の横に立つよう言ってから、俺は幽霊の前に立ち、声を掛ける。
「おい、お前」
「わ!」
幽霊は驚いたのか、その場から後退りした。
「なに、君、あたしが視えるわけ?」
「ああ、そうだよ」
「へえ、そこそこ顔イケてない?」
「イケてねぇよ。単位一個落としそうになってるよ」
「うわ、ウケる。てか大学生かよ」
女はカラカラ笑っている。うん、俺の苦手なタイプだ。さっさと終わらせよう。
「単刀直入に言う、お前の隣にいるのは死神だ」
「はい、私は死神ナノハです」
「未練があってこの世に残っている魂を、あの世に届けるのがこの死神の仕事だ」
「つまり、あたしを成仏させたいんだ?」
女は偉そうに腕を組んだ。
「ま、あたしだって、実のところ困ってるのよ。この通りからなぜか離れられないし」
「この辺りで死んだからじゃないのか、そうだろ?」
「お、よく分かったね。そう、数メートル先の交差点で車に、ね」
女は思い出すようにその交差点を眺めた。
俺は、幽霊が死んだときのことを深くは尋ねないようにしている。かなり辛いことだろうから。だから、女が未練を話し始めるまで静かに待った。
彼女はゆっくりと語り始めた。
「あたしの未練ってのは、別れた彼氏のこと」
重めの話が来たな。
「ま、あたしが泣きつく彼氏を盛大にふってやったんだけど」
訂正。彼氏からすればかなり重めの話が来たな。
「付き合ってから段々こいつはなんか違うなって思って。ここのビル、映画館入ってるんだけど、恋愛映画を見た帰りに入口でふったの。見たのは確か」
女が口にした映画は、男女が無事に結ばれて終わる映画だった。そんな映画見た後にふられるとか、トラウマになるわ。
「あいつは頼りない奴だから、きちんと生きてるのか心配で。あいつのSNSアカウント知ってるんだけどそれを調べてほしいの。道行く人のスマホはのぞけても触れないから、途方に暮れてたわけ。あいつがこの辺りに現れたらいいんだけど。なかなか来なくて。見かけたのは、あたしが死んだ次の日だけで、今どうしてるのか分からないのよ」
「自分からふったのに気になるのか?」
「ふったよ、でも嫌いってわけじゃない。なんだろ。知り合いとしてはやっぱり気になる奴なのよ。本当に大丈夫なのかなって」
彼女の心情は率直に言うと、俺にはよくわからない。
でも、携帯を見せるくらいならすぐにできるので、俺はネットで調べてみた。女に言われた通りに検索すると果たして、それらしきアカウントが出てきた。
直近の元彼氏の投稿はこうだ。『そろそろ資格試験頑張らないと』、『多分応援してくれてるはず』。生きてはいるようだ。
「そっか、あいつ、ちゃんと生きてるし、資格試験やる気あったんだ。まだ逃げてるのかと思った。良かった、頑張ってるじゃん」
女はじっと画面を見つめ続けてから、やがてぽつりとこう言った。
「ありがとう、これで逝けると思う」
「本当ですか! ありがとうございます!」
それまで黙っていたナノハがいきなり叫んだ。なんというか、本当に空気の読めない奴だ。
俺は、まさか、これで成仏するとは思っていなかったんだが。女の幽霊は、本当に空に向かって消えていった。
「これで残り五十二人!」
幽霊を見送りながら、ナノハは高らかに叫んだ。あらかじめ聞いていたとはいえ、改めて聞くとすごい数だな。
「さっきも言ったが、今日の十二時までしか手伝わねぇからな」
「くっ、分かりました! 頑張ります!」
「主に今、頑張ってたの俺じゃねえか」
「うぅ……」
不意に、視線を感じて俺はそちらに首を向けた。少し幽霊と話しすぎたかもしれない。普通の人から怪しまれているのかと思ったが、
「見たぞ、今の」
「俺の未練を断ってくれ」
「私も!」
違う。幽霊が数人並んで俺を見つめている。なにこれ。コンビニのレジじゃねぇんだぞ。こいつらどこから見てやがった。
「よし! 幸先いいですよ、いきましょう!」
いつの間に落ち着いたのか、ナノハがガッツポーズをしている。いや、だから頑張るの俺。
とりあえず、幽霊たちを裏通りに案内した。さすがにこんな目立つ所で幽霊と話し続けていたら不審者扱いされる。最悪警察を呼ばれる(経験済み)。
というわけで、裏通りでしばらく幽霊をさばいた。世の中色々あるもんだ。家族や友人に何かを伝えたい、死ぬ前になくした物を見つけたい、などなど。
ただ、俺たちが対処できるのは先ほどの女の幽霊みたいに今すぐできることだ。仕方ないこととはいえ、納得しない奴もいた。ナノハは後日対応するとそういう奴らには伝えたが、果たしてちゃんと対応してくれるのか。疑問だ。
そんなこんなで、成仏できたのは並んでた中の半分にも満たなかった。そんなものだと思う。
それなりに経験があるから分かるが、この世に留まるほどなのだから、簡単には叶えられない未練の方が多い。俺自身痛いほどそれをよく知っている。
幽霊の列がはけてきた頃、おずおずと近づいてくる影が一つ。小さな男の子の幽霊だった。冬より前に亡くなったのか半袖のTシャツに半ズボンを着た、五歳くらいの男の子。
彼は開口一番こう告げた。
「おねがい。クリスマスツリーの前で、サンタさんからプレゼントが、おもちゃの消防車がほしいんだ」
一瞬、俺の視界がグラリと揺れる。空気が更に冷えた気がした。
『ね、どうして、かなえられないの?』
頭の奥で女の子の声が聞こえた。
ああ、そうか。そういうのが来たか。そうだよな、だって、今日はクリスマスイブじゃないか。
俺は息を深く吐いてから、男の子に視線を合わせるために、かがみ込んだ。
「わかった。でも、サンタさん連れてくるのに時間がかかるんだ。サンタさんも忙しいからな。だから、近くの駅前に大きいクリスマスツリーがあるよな、そこで待てるか? 十二時頃には連れてくるから」
「ほんとうに、会わせてくれる?」
「約束する」
それを聞いて、男の子は安心したように笑い、建物をすり抜けて駅の方に消えていった。
すぐに、俺は携帯でいくつか店を検索して、ナノハを置いて、そこに向かうことにする。
「私を置いてどこに行く気ですか、薄情者!」
「すぐに戻って手伝うから」
なおもすがろうとするナノハを適当になだめ、俺は目的のものを確保しに向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます