死神を部屋にあげるクリスマス

「そもそも何であそこで寝てたんだ」

「たまたまですぅ。いくら仕事しても終わらないからもう駄目だめだって、倒れたのがあそこでした」


 ナノハは濡れた髪をタオルで拭きながら、にこやかに答えた。俺が勧めてもないのに、ちゃっかり椅子に座っている。そのせいで俺は立っている。何せ人を呼ぶこともないから、椅子なんて一つしかない。

 俺の部屋に他人(というか死神だが)が入るのはこれが初めてだった。


「お兄さん、お人好しですね。見知らぬ死神をこうしてお部屋にあげてくれるなんて」

「……自分でもホントそう思うよ」


 幽霊や死神には関わらないでおこうといつも思っているのに、放っておけない。これはもう、性分とかではなく一種の呪いのようなものだ。

 でも、死神は自由自在に姿を消して移動できるはずなので、結局こいつは勝手に上がり込んできた気もする。


「それにしてもお兄さん。死神って聞いても全然驚いてないみたいですけど、視えちゃう人ですか?」

惺也せいやだ」

「へっ? 今日は確かにイブですけど」

「違う、俺の名前だ、惺也。お兄さんはなんか嫌だ」

「ああ、セイヤさん。なるほどOKです」


 タオルを畳みながら、ナノハは歯を見せて笑う。


「お前の言う通り、俺は視える体質だ」


 そう、俺は生まれつき幽霊が視える。ナノハを最初見たときも、幽霊かと思い無視したのだが、彼女の上に雪が積もっていたので実在する人間と思い声を掛けたのだ。そしたら死神だったわけだが、そんなパターン誰が予測できる。


「幼い頃は、生きている奴と区別つかなくて気にせず話しかける事も多かったんだが、周りの友達や家族の反応からそれが普通じゃないと気づいてな。それからは幽霊と接触するのを自重はしてるつもりだが、今でも放っておけない時がある。おかげで、俺は大学生になっても変人扱いされて、この通りぼっちでクリスマスイブだよ」

「えっと、お人好しすぎません?」

「だから、自分でもそう思ってる」


 俺は一体何度同じ過ちを繰り返すのだろう。しかし、接触してしまった以上話を聞かないわけにはいかない。そういう性格なのだ。


「ノルマとか言ってたな」

「死神にも色々あって、私は地上に留まる未練のある魂を探してあの世に送る役目を担ってるんです。他の死神の仕事は、例えば」

「それはいい。幽霊が視えるせいで、死神と話すのは初めてじゃないからちょっとは分かる」


 初めてじゃないのに、こいつを死神と見抜けず近づいた自分が情けなくて仕方ない。


「で、月にこれぐらい助けるというノルマがあるんですけど、私、今の仕事に異動になってから一回も達成したことなくて」

「じゃあもう諦めろよ」

「でも、上司が今月はノルマ下げたんだから流石さすがに達成しろって。じゃないと給料も休みもなしだって」

「死神ってお金使うとこあんのかよ。給料って必要なのか?」

「それは知らないんですね……。死神の給料は寿命です」


 ナノハは目をうるませながら続ける。


「給料として寿命をもらうことでしか、私たちは生きることができません。私たちは文字通り仕事で生きることができるのです。成果があげられないと給料は下げられますし、無給ということはその分寿命が減るってことです」

「いや、いきなり重い設定出すのやめてくれる?」

「設定じゃないですぅ、真実ですぅ!」

「でも、俺が会ったこれまでの死神は、切羽詰まった感じじゃなかったぞ」

「それは私が落ちこぼれだから。普通はこんなに困るほど寿命は足りなくなりません」

「お前の寿命はあとどのくらいなんだ」

「あと十日です」

「はっ? いや、だから、重い話をいきなり出すのやめろ」


 ナノハは俺の言葉を聞いているのかいないのか、うつむいてつぶやき始める。


「だからもう、鎌で直接誰かを襲って強引にあの世に連れて行こうと思ったんです。鎌で殺された人間は強制的にあの世に飛ばされるので。でもやっぱり悪いことは駄目ですよね」

「悪いこととか以前に、多分それ、バレたらバレたでお前が色々終わるぞ」

「私、人の気持ちを上手く酌めないというか、察せないというか。あと、感情的になると自分を抑えられなくて」


 なんか、段々愚痴っぽくなってきている。


「うん、だろうね。さっきから俺もちょいちょい感じてるわ」

「もう、だから、このまま消えるしかないんです」

「待て、泣くな。頼むから人の部屋でマジ泣きするな」

「だって、だってぇ」


 声を抑えながら、ナノハはついに泣き始めた。なんか俺が泣かしたみたいになっているんだが。

 俺は大きく息を吐いた。携帯の画面を見れば十九時過ぎ。そのまま立ち上がって、やかんに水を入れにいく。水を入れたやかんをコンロにかけ、ストックしてあるカップラーメンのビックサイズを取り出す。


「何人だ」


 やかんを見ながら俺は尋ねた。


「何がですか?」

「ノルマの残り人数」

「ふえっ?」


 変な声を出すものだから、俺は思わずナノハの方を振り返った。

 彼女は泣きながら、目を丸く見開いている。信じられない、とでも言うように。うん、自分でも思うわ、信じられないよな。


「手伝ってくれるんですか?」

「仕方ねぇ。この近くにも幽霊がそこそこいるからな。あいつらを成仏させるぞ」

「私より死神っぽいこと言っててすごい! 尊敬します」


 本当に大丈夫かな、こいつ。俺の不安を感じたのか、やかんがカタカタと揺れた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る